普遍の人気を誇る俳優亡くなって44年が過ぎた今も、日本だけでなく、世界中の映画ファンや映画監督、俳優ら映画関係者たちを魅了し、愛される日本を代表する唯一無二の名優がいる。傑作『羅生門』や『生きる』、『七人の侍』など数々の黒澤明監督作品の〝顔〟として貢献してきた志村喬(1905~1982年)。昨年、生誕120年の節目を迎え、来年は没後45年という節目を迎える。2018年、英国のBBCが発表した映画ランキング「史上最高の外国語映画ベスト100」で、1位に輝いたのが、1954年に日本で公開された『七人の侍』だった。戦国時代、盗賊と化した野武士の集団から農民を守るために立ち上がった七人の素浪人の侍たちのリーダー、島田勘兵衛を演じたのが志村喬だ。初公開以来、72年も経過しているこの一本の日本映画が、英国で最も高い評価を得ている。長い歴史と伝統を誇る〝映画の本場〟で普遍的な人気を誇っているのだ。その主演俳優、志村喬の存在感は英国の人々の記憶のなかに今も深く刻みつけられている。4年前、志村主演の『生きる』(日本で1952年公開)が、英国で『生きる LIVING』(2022年)というタイトルでリメイクされ、世界で公開された。『生きる』で志村は、公務員として勤め上げ、最後に市役所の市民課長として人生を捧げる渡辺勘治を演じ、人が〝生きること〟、そして〝死ぬこと〟の意味を問うた。英国のリメイク版で、ロンドンの〝市民課長〟を演じたのは、ハリウッド映画などでも知られる世界的スター。英国俳優界の重鎮、ビル・ナイだ。同作では、2017年にノーベル文学賞を受賞した日本人作家、カズオ・イシグロが脚本を担当したことも注目を集めた。1989年、英国最高の文学賞といわれるブッカー賞の受賞者でもあるイシグロは11、12歳のころに『生きる』を観て大きな影響を受け、この英国映画の脚本を執筆したのだ。〝神戸人〟との縁長年にわたり〝世界のクロサワ〟とタッグを組み、世界中で〝その顔〟を知られる存在となった志村だが、彼が兵庫、そして神戸と深いかかわりを持っているということを、世界の映画ファン、映画関係者で知る者はどれほどいるだろうか。志村は、1905年、兵庫県朝来郡生野町(現在の朝来市生野町)で生まれた。神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~前編志村喬名優の素顔……神戸人との不思議な縁36
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