KOBECCO(月刊神戸っ子)2026年8月号
94/124

今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯  虚も実も数年前に通巻千号に達し現在も継続中の短歌誌がある。「兵庫県文化の父」と呼ばれた富田砕花師も作品を寄せていた『六甲』だ。その編集員の石原智秋さんから、このほど電話が入った。代表の田岡弘子さんが五月二十日にお亡くなりになったとの悲しい報せだった。九十二歳というご高齢ではあったが、五月号にも作品を載せておられた。わたしはにわかに信じることができなかった。実はつい最近、田岡さんのことを拙ブログに記したばかりだった。古書店で入手した昭和五十四年発行の文化雑誌『半どん』についてのこと。以下ブログの要約。※       ※そこに若き日の田岡弘子さんの短歌が載っていたのである。五首のうち三首。  身を細う入れたる傘にひびきつつ夜乱るる雨と思えり  すさび降る雨とも思う傘の柄をおのず伝いてわが手ふるうに  灯の色の雨を浴びつつわたりゆくひとのかなしき脚を見ていついかにも正統派の美しい短歌だ。昭和五十四年といえば四十七年も前のこと。当時四十五歳の田岡さんは、次のような短歌への思いの文章を添えられていた。 「情に掉さして」流されてゆくような、そんな愚かな生身の人間であり、女であることのかなしみを、只ひたすらに歌って参りました。 〝わが心にも雨ぞ降る〟巷に降る雨も又、私の心にさまざまの情を抱かせるのでした。 いつか歌を―はかない生の一つのすさび―と達観できるようになりたいと、しきりに思うこの頃なのですが―。この時から四十七年後の最近号「六甲」の田岡さんの短歌。八首のうち三首。  ホルムズ海峡解決まだか日にいくたびニュースに読めばムズムズとなる  わが行くを恵方の道と決めてよりエッホウエッホウかけ声聞こゆ  獲れたての魚を買ひに来し魚の棚この頃ふえし玉子焼きの店短歌門外漢のわたしが言うのはおこがましいが、昔に比べてすっかり作風が変わっておられる気がする。〝達観〟されたのではないだろうか。※       ※12394

元のページ  ../index.html#94

このブックを見る