KOBECCO(月刊神戸っ子)2026年8月号
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何があっても最後まで味方、なのが家族愛の手運動は親に育てられない子どもたちに、里親・養親を求める運動です。募金箱の設置にご協力いただける方は協会にご連絡ください。公益社団法人 家庭養護促進協会 神戸事務所神戸市中央区橘通3-4-1 神戸市総合福祉センター2FTEL.078-341-5046 https://ainote-kobe.orgE-MAIL:ainote@kjd.biglobe.ne.jp6月6日に「兵庫いのちを大切にする会」主催で垂水のレバンテホールで「こうのとりのゆりかごからはじまる第2の人生」というテーマで講演会が開かれました。講師は熊本市の宮津航一さんで、彼は熊本市の慈恵病院が開設した「こうのとりのゆりかご」(俗称 赤ちゃんポスト)に最初に預けられ、その時は3歳でした。4年前に自分の生い立ちを公表し、各地で講演会を開いています。航一さんはゆりかごに預けられた後、里親の宮津夫妻の元で育ち、18歳の時に宮津夫妻と養子縁組をして宮津家の養子となりました。夫妻には男の子ばかり5人の実子がいましたが、6人目の子どもとして大切に育てられました。小学校2年の時、学校で「生い立ちの授業」があり、赤ちゃんの頃の写真を持ってくるようにと、先生から言われましたが、自分には写真がなかったので、兄の写真を貸してもらった、などいろんなエピソードを語りました。マスコミの取材も多く、また心ない人から誹謗中傷など受けましたが夫妻は「何があっても最後まで味方でいるのが家族」という信念で航一さんを守り、支えてきました。航一さんはこの春熊本大学を卒業し、「いのちの語り部」としてゆりかごへの思いを伝えるために全国で講演などを続けています。来年は「こうのとりのゆりかご」が誕生して20年になります。これまで200人の子どもたちが預けられています。当日、大阪府泉佐野市から担当者が会場を訪れ、行政として日本で初めて予期しない妊娠で子どもを育てられない親のための「赤ちゃんいのちのバトン」を来年1月から始めると報告がありました。東京の賛育会病院でも昨年から「ベビーバスケット」として同様の活動を始めています。しかし、熊本市の「こうのとりのゆりかご」の場合、アンケート調査で、自分の出自について養親から「知らされている」と回答したのは18%に過ぎないようです。多くの子どもたちが思春期を迎えていますが、子どものいのちを救うと共に、こどもの出自を知る権利を保障していくことなど、課題は多くあります。公益社団法人家庭養護促進協会事務局長橋本 明徒然なるままにVol.790

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