貧乏生活はやることなすこと全て貴族的です。そこがちょっと違うかなと思います。僕はお金がなくても常に自由な精神でいたかったので、如何に自由であるためにどうすればいいのかとばかりを考えていました。ある意味でお金がないことは自由であると、あたかも自由がすでに手に入ったかのように、過去完了形で、物ごとを考えていました。つまり、マーフィの法則というやつです。スタジオを持った友人と毎晩一杯のコーヒーで朝までねばって、1日に1千万円(現在なら1億円でしょう)あれば、どのように使うかというような妄想を、2人で真剣に考えました。ヨーロッパから有名シンフォニー楽団を呼んで、たったひとりで大劇場を借りて、クラシック音楽を満喫するのはどうだろうと、お金がないと空想世界で貴族になれることを知っていましたので、こんな妄想ばかりを立てて、1日楽しんでいました。今の若者以上に僕は貧しかったけれど、今の若者のようにウジウジしていませんでした。貧乏人には貧乏人の仲間がでは一夏のうち一度も行かずに、事務所の女の子だけが毎週のように海に行って、月曜日には日焼けで真っ黒になってやってきました。そんな時、3週間ヨーロッパツアーの募集を知って、何とか生まれて初めての海外旅行がしたくなったのです。そんな時、母が田舎の家を売ったお金を持っていることに目をつけて、母から75万円を借りて、友人の、まだ無名時代の和田誠、篠山紀信らと一緒にヨーロッパツアーに出掛けたのです。もうやることがメチャクチャです。本誌編集の田中さんから、今の若者も貧乏生活をしている者が沢山いると聞きましたが、僕のラーで、ロベール・オッセンの着ていたスーツそっくりの服を作ってもらいました。お金などないので、「やがて有名になるからその時まで支払いを待って!」と言って、出世払いで了解してもらいました。一張羅の洋服を着たものの、生活が貧しいとスーツが泣きます。スーツに似合った生活が必要になってきます。そこで、見たイタリア映画の中のバカンス生活がしたくなって、葉山に「海の家」を借りました。「武士は食わねど高楊枝」のエセ貴族生活の始まりです。しかし、せっかく借りた海の家に行くための電車賃がないために、仲間のデザイナーも海の家に《松竹新喜劇(神戸新聞社)》1958年横尾忠則現代美術館蔵18
元のページ ../index.html#18