国宝でもある奈良の正倉院正倉(宝庫)がいつ建てられたのかは不明ですが、文献記録では759年3月にその存在が確認されています。そしてそれから千年以上の時を経て、これとほぼ同じ建物が宮崎県南なんごうそん郷村(現在の美みさとちょう郷町南郷)、神みかど門という山あいの里に出現しました。1986年にプロジェクトが始動、宮内庁や奈良国立文化財研究所(現在の奈良文化財研究所)の支援を受けて門外不出だった正倉院図をもとに1992年に着工し4年の歳月をかけて竣工、木は樹齢400年以上の木曽ひのきを使用しています。西の正倉院の構造は正倉院正倉とほぼ同一で、その特徴の一つが高床式である点です。湿潤なわが国では太古より倉庫には高床が採用されてきましたが、その理由として通風による湿害防止、害虫・害獣被害の軽減、水害対策が考えられます。一方で、床下が吹きっぱなしになっていると地震に弱くなりますが、高床を支える40本の床柱の径を太く(約60 cm)、長さを短く(約2・5m)することでそれぞれが自立して安定するとともに、柱の頂部に繋ぎ材を渡してその上に倉を載せしっかりと荷重をかけ、仮に柱が傾いてもその足もとにめり込みが発生して強度が増すようになっています。倉は左右と中央の3つに分かれています。左右の倉の構造は三角型の材木、校あぜき木を井桁状に積み上げていく校あぜくら倉造です。20段積まれている校木は長さ10 m前後、幅・高さとも30 cmほど。その頂点を外向きにすることで上側の面が庇の役割を果たし隙間へ水が入るのを防止しつつ、ルーバー効果で壁面の熱負担を軽減しています。校木の断面は正確には三角形ではなく頂点を落とした六角形ですが、これはねじれや歪みが起きた際にそれを吸収する「遊び」を設けるためでもあります。中央の倉は柱の間に板を落とし込んだ構造で、校倉造ではありません。正倉院正倉ではもともと校倉の倉庫が2つだけの状態で建てられ、後に間のスペースに板壁を設置し倉庫を増設したのでは?という「どう建てるのか?」を追求する平尾工務店にとって、構造は大きなテーマです。おなじみの建物から世界的名建築までさまざまな建築物について、「構造」という視点を交えながら一緒に学んでいきましょう。西の正倉院Chapter 10建築構造インサイト120
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