KOBECCO(月刊神戸っ子)2026年7月号
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茫然。この朝の一刻からパリ病が始まった。どの家屋もガッシリとした重厚さで、配するに堂々たる街路樹の連なり、通る人々のシックな装い、控えめな店の装飾、これこそ油絵の世界だ。そして度々の大戦を生き抜いてきた人々の厳しくも豊かな表情。いろいろな人種や大道芸人まで受け入れるフランスの懐の深さ。それらの人々の醸し出す生活の哀歓は、私に尽きないモチーフを与えて呉れている。》18年前の渡欧の思い出を書いておられるのだが、なんとも初々しい文章だ。その後は毎年パリに通って画境を進められたのだった。正に「パリ病」に罹ってしまったのだ。画伯は2013年11月にお亡くなりになり、葬儀は北野坂のバプテスト教会で執り行われた。若き日の洸人さんが放浪の末たどり着いたのが、この教会裏の空き地。昭和28年のこと。そこに掘立小屋を建てて神戸の人になり、この教会で洗礼を受け、結婚式を挙げ、そしてこの教会での葬儀告別式であった。式は予め生前に収録されていたお別れのビデオ放映で始まった。タイトルは洸人さんの大らかな文字で「故菅原洸人」。「わたしの告別式に来て頂きありがとうございます」というあの人懐こい声で始まり、自分の一生のあらましを語りながら、交わりのあった人々への感謝の言葉が続く。時にはユーモアを交え、会場からは笑い声さえ起こる。そして最後の言葉は「それではみなさん、さようなら、さようなら」であった。この葬儀には、後にお亡くなりになる歌手で俳優の佐川満男さん(絵の指導を受けていた)も参列されていた。そんなことを懐かしく思い出させてもらった書斎でのひとときだった。古本の中に宝物を見つける喜びである。■今村欣史(いまむら・きんじ)兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。■六車明峰(むぐるま・めいほう)一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・代表者。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。(実寸タテ19㎝ × ヨコ8.5㎝)95

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