今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯ 洸人さんのパリ病冗談ではないのか?と思った。木津川計さんがお亡くなりになったというのだ。4月21日の新聞記事。16日に90歳でと。「お元気になさっているだろうか」と、当連載4月号に書いたばかりではないか。木津川さんはわたしの書いたものを何度もNHKの「ラジオエッセイ」という番組で語ってくださった。あの独特の語り口で、感動的に、またユーモアを交えて。ことに、この「KOBECCO」誌上で発表した「コーヒーカップの耳」を素材にした作品を喜んで取り上げて下さったのだった。木津川さんについては2020年9月号に詳しく書いた。心からご冥福をお祈りいたします。※ ※わたしの強い味方、武庫川の古書店「街の草」さんは、店先の本の山が今や名物になっている。これは比喩ではない。本当に古本の山が築かれているのだ。その頂上に、顔をこちらに向けていたのが、神戸発の伝統ある文化雑誌、『半どん』の数冊だった。わたしに「連れて帰れ」と言っていた。中の一冊、昭和63年3月発行の表紙絵が納健さん描く富田砕花師。省略の効いた砕花さんの横顔が素晴らしい。「特集 画家の海外素描」ということで、兵庫県の画家の絵がたくさん載っている。その中に、もちろん我が菅原洸人画伯の作品もある。洸人さんは、かつてわたしが本誌にエッセイの連載を始めた時に毎号のカット絵を提供してくださったのだった。それは2002年7月号から2010年9月号まで、実に百回近くに及んだ。また、拙詩集『コーヒーカップの耳』の出版に際しては自ら「描かせてください」と言って表紙絵とカットを提供して下さった。感謝しきれないほどの恩があるのだ。素描は「パリの屋根」と題された、いかにも洸人さんとわかる、繊細でありながら重厚感のある作品だ。そしてわたしが注目したのは、絵に添えられた文章だった。《朝、ホテルの窓を開けると、屋根裏部屋と小さな煙突の群れが眼に飛び込んできた。長い間夢にまで見たパリの屋根だ。ついに来たと感激がどっと沸きあがる。一九七〇年五月、はじめての渡欧で、各国を廻って最終目的地のパリに着いた翌朝のことである。灰色に淡いブルーやベージュ色などが混って朝陽に輝き、燻銀のような屋根の起伏がはるかに連らなる。気の遠くなる様な美しさにしばし12294
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