PROFILE 多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。のです。「運動エネルギー」が出てきた理科を思い出してもらいましたから、ついでに算数のことも少し思い出してもらいますと、なぜ光速を超えられないのか、数式の上でもわかっていただけるかと思います。式で、vがcより大きくなると、v/cが1より大きくなってしまいますから、√の中が負になってしまい、これは許されないのです─ただし、実数では。もっとよく算数が記憶に残っている方ですと、「虚数」という概念も思い出すかもしれません。虚数は、自乗するとマイナスになる数です(正確には純虚数と言います)。自然界には実在しませんが、数式上の概念としては考えられるものです。しかしあくまでも数式上のものなので、数式の中で収まっていなければなりません。つまり数式の上で計算してエネルギーなり実効質量なりを算出するときには実数になっていなければなりません。となると、光速を超えてしまった、つまりvがcよりも大きくなってしまった(√の中がマイナスになってしまった)場合に許される唯一の解は、静止質量mも虚数(純虚数)であることです。そうすれば、虚数割る虚数でエネルギーは実数になります。「質量が虚数」というだけで意味不明ですよね。あくまでも「数式上は」考えられる概念だというわけで、これが実在するとは誰も考えてはいません。少なくとも物理学者は。このような物体(粒子)を、「タキオン」と言います。ギリシア語で「速い粒子」という意味です。もう一度式を見返してみますと、静止質量mが虚数であるなら、分母も必ず虚数でないといけませんので、√の中は必ずマイナスでなければならず、結果、vは必ずcより大きくなければなりません。つまり、タキオンは光より速い代わりに、光より絶対に遅くなれないのです。僕が学生の頃、世の中には「タキオン靴下」なる詐欺商品がありました。「タキオンを靴下に閉じ込めました! これを履くとみるみる健康に(略)」という売り文句でした。タキオン入りの靴下を履くとなんで健康になるのかさっぱりわかりませんが、それ以前に、タキオンは光速以下の速度にはなれませんので、実に残念なことに、靴下に閉じ込めることはできないのです。そもそもタキオンを発見したのであれば、靴下に閉じ込める前に、まずは論文を書いて世界に向けて発表するべきです。ノーベル物理学賞を確実に受賞できますよ。このように、詐欺にも使われるくらい、「光速を超える」ことは夢のできごとなのです。60
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