KOBECCO(月刊神戸っ子)2026年7月号
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はチャンスだと思って名乗り出ました」アメリカ・カンパニーの『シカゴ』のセリフは全編英語。湖月は英会話のレッスンを続け、オーディションに挑み、見事合格。ヴェルマ・ケリーの大役を掴み取ったのだ。昨年、大阪・舞洲で開催された大阪・関西万博のアメリカ・パビリオンで企画されたステージの上に湖月は立ち、『シカゴ』のナンバーから2曲を英語で披露している。ヴェルマを演じる際、湖月は役柄を、自らこうイメージし、設定していたという。「私がこれから演じるヴェルマは、アメリカで育った日本の女性。英語を話すが、黒髪で心は生粋の日本人」だと。圧倒的な体格を誇り、ネイティブな英語を話す外国人ダンサーに混じっても負けない唯一無二のオーラを放つ湖月の存在感はこんな覚悟から派生している。ケリー役は「宝塚で男役をこなしていたからこそ演じ切ることができた役でした」とも。カラミティ・ジェーンにリュータン、ヴェルマ・ケリー…。人格も国籍も異なるヒロインたちを湖月は舞台の上で体現してきたが、どんなヒロインを演じるときも、その根底にあるものは同じ。小学5年で「宝塚の舞台に立つ」と誓い、18歳からステージの最前線で磨きあげてきたタカラジェンヌとしての揺るぎない矜持と覚悟が、いつもその根底に流れている。宝塚歌劇団を引退したときの思いを振り返りながら、こう語る。「もう、やるべきことはすべてやった。だから悔いはない…。そう思ったのですが、新たな舞台が決まり、いざ、そのステージに立つと、まだ私にはやるべきことがある。まだまだ終われない、と思う。この思いは退団後の20年間、ずっと変わらないですね」宝塚退団後、ソロで舞台に立つことが決まったことを両親に報告すると、笑顔でこう即答されたという。「きっと、そう言うだろうと思った」と。初めて舞台に立ってから、まもなく40年―という大きな節目を前に、未だ、湖月わたるは、少女のころに抱いた夢の途上に立っていた。宝塚時代を振り返る湖月わたる。退団20年は通過点のひとつに過ぎない24

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