KOBECCO(月刊神戸っ子)2026年7月号
16/124

んが、禅を知らないで禅の公案のようなことをしているのですかね。もしかしたら、こうした発想というか行為には、AIの影響があるのですかね。僕にはよくわかりません。編集の田中さんから与えられたテーマに、僕が受けたピカソの影響について今どう思うか…という質問がありました。若者の「考察」ではないが、では、ピカソについて考察してみましょう(笑)。ピカソは、次々と主題と様式を変えてきました。ピカソの集中力はすごいと思います。今、目の前にある問題に対する短時間の集中力は、一種の破壊行為に似ていると思います。通常の時間を超越しています。だからピカソは、自分がしていることに、すぐに飽きてしまうようです。飽きてしまうために、新しい造形を求めます。この繰り返しが、多様な様式を生んだのだと思います。そのためには、彼は、頭の中答えなど存在しないものに、問題を与える禅の世界観と、どこか似ているようですね。禅は、無我の境地に入って、物事の背後にある姿を求めて悟りを目指す修行です。現代の若者が関心をもつ考察が、悟りへの道とは思いませ禅宗の修行に「公案」というのがあります。もともと答えのないものに答えを出させようとする修行です。今、若い人の間で話題になっている考察は、どのようなものかは知りませんが、僕はふと、公案を想像してしまいました。もともと交感神経と副交感神経の結婚 1991年 堀美術館蔵(ピカソの図像を引用した作品)16

元のページ  ../index.html#16

このブックを見る