てましたよ」と。将棋以外のことも教えられたと発言したというのだ。これにはびっくり。講師冥利につきる出来事だった。またこんな思い出もある。井上九段と一緒に指導した時のこと。わたしがいつも子どもたちに言う言葉がある。「将棋に負けるのはことのほか悔しいことやけど、決して恥ずかしいこととはちゃうからね」と。それを聞いた九段は、わたしにこう言われた。「あの言葉、いいですねえ。わたしも使わせてもらいますワ」と。今回の決断をその井上九段に挨拶と共に経緯の手紙を出した。すると、その翌日のことだ。当の九段からレターパックが届いたのだ。わたしからの手紙はまだ届いていないはずなのに。何たる偶然!開けてみると扇子が出てきた。「将棋栄誉敢闘賞」受賞の記念扇子だ。「駑馬十駕」(どばじゅうが)という言葉が書かれている。庶民的な人柄の九段とは思えない難しい言葉だ。こんな一面もあったのかと驚いた次第。詳しいことは省くが、「才能のない者でも、休まずにコツコツと努力を続ければ、やがて才能のある者に追いつくことができる」という意味の四文字熟語。これは、わたしが尊敬する足立巻一先生が大切にしておられた本居宣長の言葉、「不才なる人といへども、おこたらずつとめだにすればそれだけの功は有ル物也」に通じる言葉であり、この上ない喜びであった。扇子の揮毫、いい字だなあと思って見ていてふと思い出した。九段はかつてわたしの仲介で、この欄のカット書を書いてくださっている六車明峰氏の書道教室に通われたことがあったのだ。「駑馬十駕」。宣長の言葉と共に、今後も胸の中に大切に置いておこう。 ■今村欣史(いまむら・きんじ)兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。■六車明峰(むぐるま・めいほう)一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・代表者。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。(実寸タテ11㎝ × ヨコ16㎝)93
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