KOBECCO(月刊神戸っ子)2026年5月号
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ど、例の詩吟をやってくれるかい?」受話器を差し出す。「聞きたいと相手が頼むんだ」「はあ?詩吟のファンですか」その頃、酔うと私は頼山陽の漢詩を、やたら吟じた。社長の前でも何度か披露している。親孝行の息子が老いた母を歓待する詩である。相手が誰かわからないが、酔った勢いでいきなり唸りだした。中にこんな詩句が出てくる。「五十の児に七十の母あり/この福、人じんかん間に得ることまさに難かるべし」電話の向こうから娘さんのすすり泣きが聞こえた。終わると、ありがとうございました、身に沁みました、と礼を述べた。鈴を転がしたような、澄んだ美しい声であった。のちに教えられたが、彼女は国立療養所大島青松園に入所している詩人・塔和子さんであった(当時44歳)。社長が出版した彼女の第三詩集『エバの裔』(燎原社)は、H氏賞の候補に上げられた。》出久根さんの著書を長く読んできているわたしだが、塔さんとの間で出久根さんにそんなことがあったなんて、初めて知った。この本を「さくらFM」の久保さんに紹介すると、彼女は早速、番組でこのエピソードを語り、「真夏の昼」という詩を全文朗読したのだった。  「真夏の昼」(一部)塔和子生きている本当だろうか/生かされている本当だろうか/(略)あったというのははたして本当だろうか/光と闇を分けられ/天と海とを分けられ/海と陸とを分けられ/すべての植物をはえさせ/すべての生き物を満ちさせ神が創造した/創造したというのは本当だろうか/(略)ああ真夏の昼/嘘のような真の間の/真のような嘘の間の裂け目/樹々が繁り/海が光り/遠い対岸の街が見える「遠い対岸の街が見える」が痛切哀切だ。■今村欣史(いまむら・きんじ)兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。■六車明峰(むぐるま・めいほう)一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・代表者。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。(実寸タテ15.5㎝ × ヨコ11.5㎝)93

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