今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯ 塔和子の声二月号に、詩人永瀬清子に関することを書いた。その一部。《生前の永瀬が、ハンセン病療養所に長年通って元患者たちと交流を深め、偏見で苦しむ入所者に詩を書くことで生き伸びて欲しいと支援を続けた…》その元患者の中に、H氏賞候補にもなった詩人、塔和子がいた。少し話が逸れるが、「さくらFM」のパーソナリティー、久保直子さんが、このところ番組の中で塔和子の詩を紹介しておられて、わたしも詩集をお貸しするなど多少の協力をしている。そんなときのことだ。作家の出久根達郎さんから一冊の本が贈られてきた。『発奮伝』(藤吾堂出版・2026年3月15日発行)。それを読んでいて「えっ!」と声が出た。「塔和子」という項目があって偶然に驚いたが、それはまあ、本を読んでいるとよくあることだ。わたしはその内容に声が出たのである。四ページにわたって書かれているその概略。1970年、三島由紀夫が自衛隊本部で割腹自殺するという事件があった。当時、古書店員だった出久根さんのそれにまつわる体験。店に迷惑をかけ、ご主人をがっかりさせてしまう。その内容も非常に面白いのだが、それは省く。興味のある人はこの本をお読み頂きたい。そんな時の話。店のお客さんの中に出久根さんが「社長」と呼ぶ無類に本好きの人があった。活版印刷所を経営する社長。その社長に出久根さんが事のてんまつを語ると、「うちに古い三島のものがある、譲ってあげるよ」ということで、主人への面目が立ったと。これがきっかけで出久根さんはこの印刷所に出入りするようになる。そこでのことだ。当時、出久根さんは「燎原」という文学同人誌を出していた。社長は文学にも造詣が深い。自然に同人の溜り場になった。ある時、社長が活版のゲラ刷りを同人たちに読ませた。「真夏の昼」という詩であった。「いいですねえ」と声を揃えた。「いいかね」社長が嬉しそうに念を押した。懇意の人の作を、奉仕で制作しているのだと言う。そして、「ついては君らにお願いがある。私の所で印刷するが出版社の名が無いのは、作者がかわいそうだ。君らの燎原社を使わせてほしい」と言われ、「構いませんよ」と快諾。ここからは出久根さんのお許しを得て文章をそのまま引く。《社長がその場で電話した。長いこと相手に説明している。私たちは勝手に酒を飲み息巻いていた。突然、社長が私を呼んだ。「悪いけ12092
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