KOBECCO(月刊神戸っ子)2026年5月号
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作家として己に厳しい求道者。一方、人として他人に優しく謙虚。そのギャップに魅了されることを読者は知る。今作でこだわったのは日本語の〝音〟だ。 「念仏や祝詞は意味を追うと難しいが、心地よく聞いていられる」。その心地よい音を小説のなかで、どうやって言葉、文章で表現し、読む者へ伝えることができるか。さらに目指したのは、長い歴史のなかで培われてきた豊穣で美しい日本語の世界を、令和の時代を生きる作家として、小説のなかで描き切ること。それは、「日本語の幅を押し広げ、どれだけ新しい言語空間をつくりだすことができるか」という文学の未踏の領域を探る挑戦でもあった。「平安貴族から武士の世へ移るにつれて、日本語も大きく変化してゆきました。藤原定家は後世に残すために、鎌倉時代、誰も読めなくなっていた『源氏物語』を読めるように整えたのです。今、私たちが『源氏物語』を読むことができるのは実は定家のおかげです」と髙村さんは語る。そして、「日本語が変わるということは、その言葉を使う日本人の生活などの変化を意味します。つまり、その時代の言葉を理解していけば、日本人が歴史のなかで、どう変わってきたかも分かるのです」と続けた。新聞連載でも新境地『我らが少女A』は〝髙村ミステリー〟の愛読者にとって待望の、久々の長編社会派ミステリーだ。『マークスの山』で警視庁警部補だった合田が、警察大学校の教授として登場する。殺人事件の被害者の女性が、12年前、合田が捜査した未解決事件の容疑者として浮上する…。2017年から約一年間、毎日新聞朝刊で掲載されたが、連載時に話題となったのが、挿絵を一人ではなく、約20人の画家が交代で描くという手法だった。筆者も文化部記者時代、作家の連載小説の編集を担当したことがあるが、連載を通じ一人の画家が挿絵を担当するのが通例で、新聞界にとって前代未聞の試みだった。「装幀家の多田和博さんのアイデアです。多くの若手画家に22

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