先祖の故郷や神戸の友へ小説『坂の上の雲』や『竜馬がゆく』などで知られる作家、司馬遼太郎(1923~1996年)が亡くなり、今年2026年は没後30年の節目の年である。司馬と兵庫、そして神戸との〝縁〟は深い。司馬は1923年、大阪市で生まれるが、祖父の代まで播州広村(現在の姫路市広畑)で暮らしていた、「播州門徒」の末裔である。播磨が先祖ゆかりの地である―と知った司馬は、播磨地方への関心と興味を深め、この地に深く関わった、戦国時代から江戸初期にかけて活躍した武将、黒田官兵衛を主人公にした人気小説を手掛けている。タイトルは『播磨灘物語』(講談社文庫)。黒田官兵衛は、播磨国・姫路に生まれ、豊臣秀吉の軍師として名を馳せ、近年も映画やドラマなどで度々登場する人気の武将の一人である。そして、彼の妻、光姫は、現在の兵庫県加古川市の生まれ。父は播磨国・志方城主、櫛橋伊定だ。司馬は、出世欲や名誉欲などを持たず、自然に逆らわずに生きた知将、黒田官兵衛の人格に惹かれて『播磨灘物語』を書いた、と語っているが、この長編小説を読めば、先祖の故郷への愛着を込めながら、官兵衛の人生を辿っていく過程が存分に伺える。大阪で育った司馬は、同市内の高校を卒業後、大阪外国語学校(現在の大阪大学外国語学部)へと進む。この連載でも紹介した神戸で生まれ育った直木賞作家、陳舜臣は、同校の司馬の一年先輩である。司馬が1971年から亡くなる1996年2月まで約25年にわたって連載を続けた紀行文集『街道をゆく』(朝日文庫)シリーズ。『街道をゆく21 神戸・横浜散歩、芸げいび備の道』のなかに、こんな一文が記されている。《私が大阪の語学の学校に通っていた昭和十年代の後半、神戸から通学している学生のなかで、陳姓のひとがふたりいて、どちらも温厚で秀才の評判が高かった。ひとりは中国語を専攻していた陳徳人氏であった。他のひとりはインド語を専攻していた陳舜臣氏で、陳舜臣氏によると、神戸からの通学組のひとたちがこの同姓の両人を区別するのに、わざわざ陳徳仁氏のほうを、男前の陳とよんでいたという…》この連載の前・前々回で孫文を紹介した。孫文について詳しく、『孫文と神戸』(陳徳仁/安井三吉著、神戸新聞総合出版センター刊)を上梓し、神戸華神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~前編司馬遼太郎小説に郷愁を込めて…兵庫にルーツを辿る118
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