灘と有馬を六甲越えで結ぶ道は江戸初期に切り拓かれたが、幕府が認めた正式な街道ではなく通行が禁止されたが違法通行が絶えなかったこと、明治7年に住吉駅ができるとこの道が有馬へのメインルートになったが生瀬や三田へ線路が延び廃れたこと、しかしその後も深江~有馬を最短距離で結ぶ道は海産物輸送に使われ「魚屋道」とよばれるようになったことなど、田辺先生のお話も現地で聞けばひときわ興味深い。 また、かつてここに架かっていた石橋、本庄橋については、19世紀初頭に本庄9か村(森・中野・小路・北畑・田辺・青木・深江・津知・三条)により設置されたことからその名がついたと解説。そして、谷崎聡史神戸市森林整備事務所長や宮本隆志係長とともに、リニューアルされた本庄橋跡の解説板の除幕式が拍手に包まれておこなわれた。先代の案内板と同様、今回も田辺先生が解説文を執筆している。 その後土ど樋び割わりという峠へと移動し、その地名の由来について田辺先生が説明。1827年に打出村と芦屋村の村人が水が涸れた芦屋川へ水を引き込もうとここに土樋を敷いたが、これを住吉川下流の6か村の若者が見つけこれを割って破壊、「だから土樋割なんですよ」と田辺先生。打出と芦屋の村民がこれを田辺眞人先生と行く日帰りバスツアー「丹波篠山・福住の文化財と隠れキリシタンの里へ」日 時 4月20日(月) 8:45~18:00行 程 ポートピアホテルまたは三宮・市役所前集合~八上地区~福住・住吉神社(重森三玲作庭「住之江の庭」)~湯の花温泉渓山閣(昼食・温泉)~茨木市立キリシタン遺物資料館~高山右近生誕の地講 師 田辺 眞人(兵庫津ミュージアム名誉館長)金 額 一般 16,000円(税込)予約・問合せ 神戸ポートピアホテル サロン・ド・ポートピア事務局 TEL/078-303-5212(10:00~17:00・日祝休)本庄橋で使われていた石材はベンチに。「本」の字がくっきり土樋があったところの周辺には、いまも破片がある訴えると、奉行所は今後水を芦屋川へ引き込むことは認めずも、土樋破却については銀5貫目で賠償させた。それを資金に芦屋の奥池が造成されたのではと田辺先生は考えている。 一行はそれから奥池近くのバス停まで下って解散。ちょうどいい気候の中、森と歴史の探索を愉しんだ。69
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