たぶんAIに対しての指示が不正確だったらしく、そのぎこちない指示をそのままAIが理解したらしく、それはやはり、指示を与える側の人間に問題があることがわかりました。線には、確かに子どものぎこちなさが表れていますが、本来子どものもつ純粋、無垢、無邪気で素朴という精神は、全く表せていません。完全にちぐはぐなぎこちない絵です。ここまででわかったのは、AIは人間の指示の仕方によってどうにでもなるということです。そして人間が描く(または作る)制作時間など比較にならないスピード京の街の風景は描けるのかな?」と彼に要求しました。彼は、僕の5歳の時の絵をまずAIに見せて、東京の風景を描かせました。東京の風景は、AIが選択しました。AIがモデルにしたのは、隅田川に架かった橋の風景で、まるで東京の観光絵葉書のような風景をスケッチ風に描きました。確かに子どもが描いたようなたどたどしい線画に彩色した絵ですが、全体の構図は写真のように正確で、ただタッチだけがなんとなく子どもっぽい稚拙な線で描かれています。大人と子どもの共作のようで、絵としては全く非魅力的なものでした。友人のグラフィックデザイナー、田島照久君がある日やってきて、AIによって制作したグラフィック作品を見せてくれました。コラージュ作品だったが、この作品を見ているだけでは、AIがどのように関与したのかわかりませんでした。AIに指示を与える時は言葉で伝えるというが、と言われても、普段からスマホを使用しない僕にはその意味が全くわからないので、「僕が5歳の時に描いた、宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島で決闘している絵があるけれど、この5歳の子どもの絵のようなタッチで、例えば、東Tadanori Yokoo美術家横尾 忠則撮影:横浪 修神戸で始まって 神戸で終る 横尾忠則が考えるアートとAIクリエイターの危機16
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