玉木さんの社会人第一歩は、大阪にある繊維商社のパタンナーから始まった。服づくりに全身全霊で向き合いたいと就職したものの、企業という枠組に属する者ゆえのルールやしがらみにエネルギーを吸い取られることが多々。もっとこうした方がええのになぁ…。「モヤモヤ生きるよりスッキリ死にたい」と決死の覚悟で独立の道を選ぶ。ゼロからやれば自由にモノづくりができると考え、2004年大阪で自らのブランドを設立。仕入れた播州織でシャツなどを創っていた。2009年には玉木さんが師匠と敬う播州織職人の勧めで西脇に移住。「産地を守り継いでいかなければならない」という師匠の思いに共感してのことだ。生地を仕入れるのではなく、自ら織る。西脇にラボを構え、織機や染色設備を整備し、今やスタッフ90名を超える規模まで成長。伝統産業の抱える問題に産地で向き合い、海外に負けない日本の産地発展のため、全エネルギーを注ぐ。「織り」部門では手前から奥に向かって1960年代製の力織機、1980年代製のレピア織機と様々な織機が並ぶ。古い織機にしか出せない立体的な風合いがあるから大切にメンテナンスして使用糸にストレスをかけないよう、ゆっくりと動かす優しい織りで、柔らかさを追求するTシャツやスウェットなどの「編み」も手掛ける。旧式の丸編み機にオリジナルのムラ染め糸をかけ、流れ星のようなグラデーションに。ニット事業は編み物の歴史がなかった西脇でゼロからスタート糸が切れないよう糊をつけて織り、洗いをかけて糊を落とす。自然乾燥で空気を含ませ、柔らかな風合いに仕上げる自分たちで紡績し、ハンドメイドで染める。「世界中の皆さんが、その人に似合う色を見つけることができるようカラーバリエーションは豊富に」と玉木さん。毎日新しい色づくりに挑戦モヤモヤからの脱出32
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