KOBECCO(月刊神戸っ子)2026年2月号
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社会が著しく変動した昭和の高度経済成長期、建物は完成した時点でその機能や役割、形態が固定するという事が当たり前と思われていた考えに一石を投じ、必要とされる役割に応じて生命体のように建築物の空間や機能を変化させるべきであると、新陳代謝を意味する「メタボリズム」を標榜した建築運動が巻き起こりました。そういったコンセプトのもとで個性的な作品が生み出されていきましたが、その代表格が1972年に竣工した中銀カプセルタワービルです。世界的にも有名な黒川紀章が手がけたこの建築は、実にユニークな構造をしています。まず、鉄骨鉄筋コンクリート造の軸となる建物、シャフトを2棟、13階建てのA棟と12階建てのB棟を建てます。シャフトの3階より上は階段とエレベータ、パイプスペースのみしかありません。これを「塔状人工土地」と見なし、A棟の3~13階、B棟の3~11階に片持ち状態で、計140個のカプセルを取り付けていきます。カプセルの大きさは8トンコンテナとほぼ同じの、幅約2.5m、高さ約2.5m、奥行き約4mというサイズ。というのも、カプセルは滋賀県で製作され、これを東京・銀座まで運んで取り付けたため、トラックで運べる大きさになったのです。カプセルは軽量鉄骨トラス構造。ユニークな丸窓で、約10㎡という狭い空間ながらユニットバスやデスク付収納家具のほか、住居用には収納付ベッドを備え、デラックスタイプになるとさらにデジタル時計、カラーテレビ、卓上計算機、ステレオ、オープンリールのテープデッキといった当時の最新鋭の機器も完備。これらの設備をすべて工場でセットし、カプセルを完成させてからシャフトに取り付けました。後に交換することが前提になっていたのでしょう、接合は実にシンプルで、カプセルの底面の突起をシャフトから突き出「どう建てるのか?」を追求する平尾工務店にとって、構造は大きなテーマです。おなじみの建物から世界的名建築までさまざまな建築物について、「構造」という視点を交えながら一緒に学んでいきましょう。中なか銀ぎんカプセルタワービルChapter 4建築構造インサイト132

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