今村 欣史書 ・ 六車明峰 なんと、ドリアン助川さんが、岡山の永瀬清子生家で講演をなさるというのだ。 永瀬清子(1906~1995年)は日本の女性詩を牽引してきた「現代詩の母」とも呼ばれた詩人。 そこでわたしはドリさん(以下ドリさんと呼ぶ)に「永瀬清子の直筆原稿と書簡を持ってますよ」と「熊山橋をわたる」という詩原稿の写真と共に伝えた。するとドリさん、「その詩は文学碑にもなっている詩で、生原稿は貴重です」と興奮された。 それならば、とわたしは「永瀬清子生家保存会に寄贈します」とドリさんに託すことにした。 そのことに関するSNS上でのドリさんの報告。《たった一つの「熊山橋をわたる」を朗読しました。岡山県赤磐市、詩人・永瀬清子さんの生家で、「逆境と言葉」とタイトルをつけた講演を行いました。JR熊山駅(山陽本線)を降りて熊山橋をわたり、永瀬清子さんの生家に向かうまでの約30分の道のり、私はたいへん緊張していました。前の晩は故郷の神戸に帰っていたのに、ビール以外は飲まなかったほどです。なぜなら、私のデイパックに、永瀬清子さんの直筆原稿と書簡が入っていたから。この文化財は、昨年、詩の朗読イベントを一緒にやっていただいた西宮の詩人・今村欣史さんから託されたものです。1967年、関西文壇の重鎮であられた宮崎修二朗さんと永瀬清子さんとの、ある詩集企画を巡るやりとりの中で交わされた書簡であり、直筆の詩原稿「熊山橋をわたる」なのです。1948年に発表された作品に推敲を加えた、新しい、また唯一の「熊山橋をわたる」。どこが書き直されているのかわかるよう、壁に詩原稿の投影をしての朗読となりました。そこには、もとはなかった「孤独」という文字が加わっていました。今村欣史さんから託された直筆原稿と書簡、無事に永瀬清子生家保存会に寄贈となりました。58年ぶりに生家に戻ってきた手紙と詩。「お帰りなさい」の声もあり、皆さん、大喜びでした。》 わたしは心から良かったと思った。その原稿と書簡は元々宮崎修二朗翁から「あなたの御自由に」と託されていたもの。しかし、わたしが持っていても文字通り死蔵になってしまう。いい機会を与えら連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯ 熊山橋をわたる117106
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