今村 欣史書 ・ 六車明峰妻の故郷は、但馬の小京都といわれる出石である。わたしの大好きな町。そこで使われる言葉も好きだ。カラスまでもが方言で鳴く。嘘ではない。低音から中音、そして高音と、ひと鳴きごとに音程が上がってゆく。「カアー、カー、カーア♬」。それが実にのんびりと聞える。もう随分昔の話だが、妻のお母さんの言葉が忘れられない。自宅を改装し「喫茶・輪」をオープンした時のこと。様子を見に来ておられたお母さんは、妻があまりにも忙しそうにしているのを見て、「しのびん、しのびん」とつぶやかれた。「忍びなくてたまらない」の意である。その抑揚がなんとも切ない響きを持っていた。方言は、ある言葉が使われなくなると、その言葉が持つ情感も消え去ってしまう。その出石から、このほどFAXが届いた。妻の同級生の一人、元出石町職員の川見茂さんから。略しながら引用する。《出石の観光ガイドをしている加藤勉さんがNHKラジオに出演します。朝五時からの「マイあさ!」という番組で全国に放送されます。加藤さんは今も、出石観光の振興のため頑張っています。今回は映画「国宝」と「永楽館」を題材としての放送があります。ぜひ聞いてください。》 早朝ではあるが、これは聴かなくっちゃ、とアラームを設定して妻と二人で聴いた。映画「国宝」は近畿で最も古い芝居小屋「永楽館」がロケ地として話題になり、聖地として訪れる観光客でにぎわっているとのこと。今では出石を「第二のふるさと」と言っておられる片岡愛之助さんが座頭を勤める永楽館歌舞伎も今年は人気爆発とか。この歌舞伎は2008年から始まったのだが、わたしはその初期の頃に何度か観劇した。定員360席と狭い小屋である。花道脇の席だった時には、役者さんの衣装に触れんばかり、というより実際にその香りと共に触れたことがあった。それほど距離が近く、役者さんとの一体感が感動的だったのだ。さて放送である。約8分間だったが、加藤さんは但馬弁特有のやわらかな語り口だ。しかしその言葉は見事に標準語。わたしの期待は外れた。時代の流れなんですね。加藤さんは日頃、観光ガイドをしておられるということで、意識してのことかもしれない。それが身についてしまっているのだ。ところがだ。話の終わりの方で一言出ました!永楽館を説明する時に、連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯ 「おいでますよね」11592
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