速移動しているわれわれは、止まっている暗黒物質に衝突しうるのです。このとき、ニュートラリーノのような巨大な質量をもつ粒子に衝突すれば、われわれを構成する普通の物質の粒子、たとえば電子や原子核などは、弾き跳ばされてしまいます。弾き跳ばされた電子や原子核を「反跳」粒子と呼びます。電子や原子核は電荷を持っていますから、これはまさに「検出が容易な」荷電粒子となります。つまり、今回の前半でお話しした、「荷電粒子への置き換え」によって検出する方法になるわけです。われわれがなにもしなくとも、地球は高速で移動してくれますから、反跳させる「標的」としての検出器を置いておくだけで、暗黒物質が勝手に衝突してくれるわけです。この方法を利用した探索実験には、液体キセノンを用いたものがあります。キセノンと言えば、車に乗っておられる方は、ヘッドランプに使われているので耳にされていることでしょう。このキセノンは、荷電粒子が通ると蛍光(シンチレイション)を出す「シンチレイター」としても使われる物質で、暗黒物質が衝突する「標的」と、標的から跳び出した反跳粒子が通った際に光るシンチレイターの両方を兼ねて使われます。衝突しやすいように密度を高めるため、沸点(摂氏マイナス一〇八度)以下に冷却して液体にして使います。この原理はとても単純ですが、いっぽうでそのままでは「雑音」が多すぎて実験になりません。反跳粒子以外のどんな荷電粒子にも反応するので、当然ながら放射線にも反応します。そして、自然界に存在する放射線は、暗黒物質が衝突する可能性よりも、桁違いに多いのです。ですから、この実験の鍵は、いかにして放射線による「雑音」を減らすことができるか、にかかっています。たとえば地下深くに設置することで大気に降り注ぐ宇宙線を防ぎ、さらに純水の水槽内に設置することで地下の岩盤などからの放射線を遮蔽する、などです。現在世界各地で行われているこの方法を利用した実験では、涙ぐましいまでの「雑音」低減対策が採られているものの、未だどの実験でも暗黒物質を発見できていません。次回は、もうひとつの「冷たい」暗黒物質の候補であるアクシオンの探索実験についてお話しします。PROFILE 多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。66
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