KOBECCO(月刊神戸っ子)2025年10月号
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舞台が終わった後、控室に戻った笹部は満足そうな笑顔を浮かべていた。そこには安堵したような表情も伺われた。なぜなら、「演出できるのは稽古まで。演出家は舞台が始まったら、もう何も助けてあげることはできませんから」と語る笹部の言葉を聞いていて、舞台が終わって、一番ほっとしているのは演出家なのかもしれない、と痛感させられたからだ。企画から配役、脚本、演出まで…国内外の戯曲を知り尽くす演劇人渾身の演技を凝視していた。「まるで、〝お雪〟そのものの人生を舞台の上で生きているようでしたね。演技している…というふうには見えなかったでしょう。あの姿こそが真の女優の演技なのです」作家、司馬遼太郎の同名の人気小説の朗読劇。十朱は幕末を苛烈に駆け抜けた新選組副長、土方歳三の恋人、お雪を演じた。名女優の舞台の陰で…取材した当日は、女優、十朱幸代が久々に挑む一人舞台『燃えよ剣』が、大阪・森ノ宮ピロティホールで上演されていた。演出家は、十朱が絶大なる信頼を寄せてきた長年の盟友、笹部だ。笹部は会場後方の客席に座り、一人、じっと十朱の一挙手一投足を見逃すまいと、その文・戸津井 康之撮影・黒川 勇人 新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。 第59回は、大竹しのぶの「奇跡の人」など傑作と呼ばれる数々の名舞台を世に送り出してきた演劇プロデューサー、笹部博司の登場です。THESTORYBEGINS-vol.59■演劇プロデューサー■笹部 博司さん⊘ 物語が始まる ⊘20

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