KOBECCO(月刊神戸っ子)2025年10月号
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今村 欣史書 ・ 六車明峰二ヵ月に一度の「さくらFM」ラジオの出演を終えて帰る時のことだ。番組パーソナリティの久保直子さんから「お渡しものがあります」と。古くからのリスナーさんから届いたものとのこと。イラストのようなカラフルな宛名文字の大きな封筒を開けると、見覚えのあるタオルだった。昔、わたしが米屋をしていた時に、年末にお得意様にお渡ししていた歳暮のタオル。新規の顧客開拓にも活用したのだった。懐かしい。毎年泉南の業者に作ってもらっていたが、その営業さんのゴンタ顔も思い出した。今も元気にしておられるだろうか。あの時代はみな店名を真ん中に大きく入れていたもの。しかしわたしは端の方に小さめに、そして平仮名でと注文したのだった。正式の店名「今村米穀店」ではなく「お米のいまむら」と。このタオル、わたしのところには一枚も残っていない。よく残っていたものだ。手紙が添えられていた。差出人は「甘辛しゃん」とある。匿名だから一部公開してもいいだろう。《押し入れから、このタオルがでてきました。子どもの頃、今村さんのお米屋さんから配達してもらってました。わたしが心待ちにしていたのは、お米と一緒に配達してくれるプラッシーのほうでした。このタオル、もしかしたら四十年ちかく前かもしれません。次回スタジオにお見えになったら愕かせてあげてください。もし、なにか訊かれたら「リスナーが突然届けてきたのよ」で、お願いします。》郵送ではなく、放送局の郵便受けに直接に投函してあったのだと。さて、どなたなのだろうか。内容からして、それほど若くはないようだ。どんなお仕事をなさっているのか。大いに気になるが、予想がつかない。「愕かせてあげてください」とある。ハイ、大いに愕かされましたよ。「書いたものは残る。誰が読むか知れない。だから恐い」というが、放送も怖いものだ。誰が聞いておられるか分からない。ところで文中に《わたしが心待ちにしていたのは、お米と一緒に配達してくれるプラッシーのほうでした。》とある。この「プラッシー」だが、当時、米屋の専売品だったタケダの瓶入りオレンジジュースのことである。お得意先に24本入りのケースで買ってもらっていた。人気のあった飲み物で、夏はよく売れたものだっ連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯  タオルとプラッシー113110

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