KOBECCO(月刊神戸っ子)2025年8月号
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藤田嗣治と国吉康雄。同時代にかたやフランス・パリで、かたやアメリカ・ニューヨークを拠点として活躍した二人の画家の展覧会を開催しています。同じ流派に属した画家でもなく、パートナーシップであったのでもない、このような二人展は異例のものかもしれません。1906年に16歳で労働移民として渡米した国吉は、日本での美術教育は受けておらず、アメリカでその才能を見出され、画家になることを志しました。藤田は、東京美術学校を卒業後、1913年に26歳で念願の渡仏を果たします。二人はいずれも、西洋の絵画に東洋的な技法を組み合わせたことを評価された画家ですが、二人の描く女性像には大きな違いがあります。藤田は、《タピスリーの裸婦》(1923年、京都国立近代美術館)で、乳白色の下地で輝くような女性の肌を、背景の装飾的な型染めの布地によって際立たけんびの『美』連載vol.8藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリア——百年目の再会会場風景 左から藤田嗣治《タピスリーの裸婦》1923年 京都国立近代美術館、国吉康雄《幸福の島》1924年 東京都現代美術館14

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