(実寸タテ16㎝ × ヨコ4㎝)「羽化登仙です」とお答えした。すると小倉さん、こうおっしゃった。「お酒を飲んでいい気分になって空に登ってゆくような字ですねえ」と。言われてみればたしかに、軽く柔らかな文字である。いかにも空に漂うような。そこでわたしはハッとした。そうか、そうだったのか、と気づいたのだ。あの筆を振るってのお遊びをしておられた時の宮崎翁は、その境地だったのではないか。水割りを飲みながら、好きに筆を運ばせて遊んでおられた時は、正に「羽化登仙」の境地だったに違いない。だから、「代わりにいいもの」と持って来て下さったのが「羽化登仙」の短冊。翁のその心をわたしは今の今まで読めていなかったのだった。あれから三十年近くなって、やっと謎が解けたような。宮崎翁、昇って行かれたあの空から「やっと気づいたか?」とニンマリしておられることだろう。いや恐いお人だ。ところで短冊の阿波野青畝(1899年〜1992年)だが、高浜虚子に師事し、山口誓子、高野素十、水原秋櫻子とともに「ホトトギスの四S」と称された俳人。短冊は値打ち物なのだ。西宮の甲子園に在住したことから「甲子園」と題した句集がある。これまでわたしは詳しく読んだことがなかったが、これを機に繙いてみた。浅学のわたしには難しい句もあるが、親しみやすいユーモアあふれる写生の句もある。 姥の爪芋茎すいすいむけてゆく 馬の鼻ぶるんと鳴らす暑さかなあ、書き忘れていることがあった。あの「美女ぞろいの」の書、実は今も捨てずに大切に保管している。先生、お叱りになりますか?■今村欣史(いまむら・きんじ)一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。■六車明峰(むぐるま・めいほう)一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。93
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