KOBECCO(月刊神戸っ子)2025年7月号
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からは体液や血液が流れ出して栄養障害と貧血になります。本当に大変な疾患です。―皮膚の移植はできないのですか。残念ながら他人の皮膚を移植しても、拒絶反応が起こるので生着することはありません。ところが、稀に奇跡のようなことが起こります。生まれつきの遺伝子の傷が突然変異によって自然に治った細胞が出現し、ほんの数㎠だけのことが多いですが、ある範囲の皮膚が治って、こすっても剥がれなくなることがあります。その細胞から培養表皮シートを作り、全身の表皮を貼り替えてあげる治療ができます。全身ずる剥けだった皮膚が、擦れても剥けない皮膚に生まれ変わり、がりがりにやせ細っていた体がふっくらとなって貧血も栄養障害も改善してとても元気になります。本当に奇跡を見ているような気持ちです。指が全部お互いにくっついてグーの状態になっている重症例の患者さんが、タブレットなどを使いこなして得意な分野で才能を開花させている、そんな姿を見るのは何にも変えがたい喜びです。―治療法は進んでいるのですね。目覚ましく進歩しています。しかし疾患の原因となる遺伝子の傷の重さによって、同じ疾患でも患者さんの状態は一人ひとり異なっています。教科書に載っている表面的な知識だけで対応できるものではなく、遺伝子を調べて、その傷によって細胞に起きていることをきちんと理解し、患者さんの体の中でどんなことが起きているのか、どんなことに気を付けなくてはいけないのかを考えらえる科学的な知識と思考力が必要です。―遺伝子の傷とは?遺伝情報はA,T,C,Gの4文字からなる約30億文字の情報です。「本」に例えれば、30億文字が23巻の本に分かれて細胞の中に収まっています。両親それぞれから23巻セットを1つずつ、合計46巻、約60億文字の遺伝情報を受け継ぎます。1つの細胞が分裂して2つになるときは、その60億文字を全部コピーするのですが、稀に誤植や落丁が生じてしまいます。遺伝情報のうち約2%が遺伝子をコードしていますが、そこに誤植や落丁が生じたのが、いわゆる遺伝子の傷です。―遺伝子の傷によって起きる疾患は多いのですか。2万数千個ある遺伝子のうち、2024年時点で約7400が遺伝性疾患に関っていることが分かっていて、皮膚科領域だけでも500以上の遺伝子が疾患と関わっていることが分かっています。皮膚や毛の色がうすい白皮症、皮膚が分厚く角質が硬くひび割れる先天性魚鱗癬、皮膚が柔らかく関節が脱臼したりするエーラスダンロス症候群、体の一部分に痣(あざ)ができるさまざまな母斑や血管腫など、たくさんの生まれつきの疾患があります。稀な疾患が多いため、医療機関を受診しても正しく診断されず、さまよっている患者さんもおられます。―アトピー性皮膚炎も遺伝的86

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