KOBECCO(月刊神戸っ子)2025年7月号
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起こっていれば、自動的にその臨界密度になり、宇宙は平坦になる、という話をしました。そして、第22回では宇宙の未来について述べましたが、そこで、臨界密度ぴったりでなければ、宇宙は重力で潰れてしまったり、逆に延び延びになってしまったりする、ということをお話ししました。宇宙が百数十億年にもわたって安定して存在しているという事実そのものが、宇宙が臨界密度ぴったりであることを示しているのです。つまり、宇宙の質量分布を測定しなくとも、臨界密度を求めれば、宇宙全体の質量がわかるのです。では、臨界密度はいくらでしょうか。これは、万有引力定数と、ハッブル定数、つまり、第12回でお見せした、天体の後退速度と距離との関係の比例定数から求められます。現在観測されているハッブル定数から、宇宙の臨界密度は、だいたい、1× 10-26 kg/㎥です。水の質量密度が1×103 kg/㎥ですから、水よりも二九桁も「薄い」ということになります。実は宇宙が必要としている質量は、たったこれだけでよいのです! 重要なのは、薄くはあるが、宇宙全体に広がっている、ということなのです。そしてもうひとつ、宇宙全体の質量を推計する方法があります。それは、第8回でお話しした、「ペアになれなかった残りもの」問題です。つまり、素粒子物理学の面から、現在宇宙に「残って」いる物質の量を計算できるのです。それから求めた物質(ここでは、われわれの身体などを構成する、電子や陽子といった粒子からできた普通の物質)の、宇宙平均密度は、5× 10-28 kg/㎥ていどです。おや? 臨界密度から求めた量と全然違いますね。臨界密度のたった5%しかありません。残りの95%はどうなっているのでしょうか。前回と前々回で、恒星でも、MACHOでも、「失われた質量」を説明することはできない、という結論に至りました。それはそのはずです。なぜなら、こういった天体は電子や陽子といった「普通の物質」からできているのであって、その「普通の物質」がそもそも宇宙の5%しかないのですから、どう考えたって足りないわけです。それでは次回はいよいよ、その95%の「普通ではない物質」とはなにか、を考えてみます。PROFILE多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。3360

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