KOBECCO(月刊神戸っ子)2025年6月号
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この『せんい館』によって、僕自身、気づくことがありました。建築には完成はない、建設中のプロセスと、完成後、建物を利用する人々によって、建物は次第に建築家の意図に反して破壊の道を歩む。つまり建れていたと知らされましたが、磯崎さんは、「今になってみれば、岡本太郎の『太陽の塔』と横尾さんの『せんい館』だけが記憶に残っている」と僕との公開トークショーで明かしてくれました。磯崎新さんから当時の『せんい館』の話を聞かされました。当時、大方の人たちは「あのせんい館は途中で予算がなくなって、建設途上のまま放置されたんだ」とか、「横尾に上手く騙されたんだ」とかいう噂が流日本万国博覧会せんい館(日本繊維館協力会)ポスター 1969年 国立国際美術館蔵18

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