(実寸タテ19㎝ × ヨコ8㎝)思った次第。それというのも、昔、足立巻一先生の尽力で出た、神戸の詩人、竹中郁の『私のびっくり箱』に載っている話。偶然銀座の路上で初めて出会った三島が、竹中郁の詩「船乗りの部屋」をその場で暗誦したというのだ。竹中はこう書いている。《昭和二十三年か二十四年。もう三島は文壇へデビューして相当有名であった。その三島由紀夫を銀座五丁目あたりの路上で洋画家の猪熊弦一郎が紹介してくれた。三島はちょっと姿勢を正して、「船乗りの部屋」を覚えてます、暗誦しましょう。と言って、よどみなく始めから終りまで、ゆるいテンポで朗唱した。「恐れ入りました。作者の私ですらうろ覚えてないのを、あなたの御好意に恥入ります」》その詩「船乗りの部屋」円い真鍮の窓から/白い小さな部屋が覗ける。壁には一つ/汐風に焼けた麦藁帽子。//机のうえに/青い包みの安煙草。/それに小柄な縁に入った若い女の写真。//長い旅路の終りにきて/ここの主人はいま不在だ。この話、竹中郁の甥の画家、石坂春生さんに、本誌『KOBECCO』主催のある会でお会いした折りに「ご存知ですか?」と訊くと「知らなかった」とおっしゃったことがあった。実はわたし、この話は少々マユツバではないかと思っていた。いくらなんでも、会ったこともない人の詩を一篇全部暗記していて、偶然出会ったその時に間違いなく朗唱なんてできるものだろうかと。だが、この出久根さんの本を読んで、やっぱり本当だったんだ!と思ったことだった。竹中さん、そして三島さん、多少でも疑っていてすみませんでした。お詫び申します。ごめんなさい。■今村欣史(いまむら・きんじ)一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。■六車明峰(むぐるま・めいほう)一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。107
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