今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯ 三島由紀夫の記憶力ああ驚いた!出久根達郎さんの『「当り本」目録』(藤吾堂出版刊)を読んでいて、アッと声が出てしまったのだ。この本は、元古書店主の出久根さんが「これぞ当り」と推薦する本を紹介する随筆集。この本のことについてちょっと一言。一般書店には出ていない。またネットでも入手は難しいと思われる。というのも、これは大手出版社からの刊行ではなく、私家版風の本なのだ。この随筆集のシリーズの最初の本『随筆・達人の至言』(発行者・井原修・2023年6月)にこんなことが書かれている。《古本屋は、昔から霞を食らって生きている。裏町の仙人である。大もうけできる商売ではない。霞の好きな者だけが、この業を志すのである。井原さんは、根っからの業界人ではない。古書が好きで、古書界にあこがれた人だが、まさか、霞を食らう世界とは思わなかったろう。私が、悪いのである。井原さんが古本屋になりたい、と言ってきた時、それはいい、大いにおやんなさい、とけしかけたのだ。(略)昨年、井原さんは廃業宣言をされ、店舗を閉じられた。三十八年続けてこられた家業であった。どんなに無念であったろう。(略)井原さんから連絡が来た。小生の著書を出版させてほしいとの、意外な申し出であった。古書店を閉じた記念にと(略)》ということで、これは友情出版なのである。最初は一冊だけの予定だったのだろう。しかし、今回の本が八冊目。出久根さんの友情は続いているのだ。話を戻す。声が出たのは、三島由紀夫の記憶力の場面のところ。三島の担当編集者、吉村千頴の、『終りよりはじまるごとし』という本が紹介されていて、「作家の実像」と題された項の中の出久根さんの文章である。 《編集者の回顧録は、作家の実像と共に、本が成立するプロセスを逐一語ってくれるから、書物の素性を知りたい愛書家にとって見逃せない。本書も御多聞に洩れない。著者の面前で、三十余枚の原稿を、よどみなく口述する三島に慄然とし、昨夜、必死で全文を暗記したのでは?と疑う。》とある。そうか、三島の記憶力は本物だったのか!と109106
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