KOBECCO(月刊神戸っ子2025年5月号)
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からか、三男末吉は16歳にして近代日本画の巨匠、竹内栖鳳に入門。やがて「翠濤」の雅号で彩管を振るいつつ、親しかった同門の後輩、橋本関雪らと神戸絵画研精画会を再興したり、神戸美術協会や兵庫県日本画家協会の創設に参加したりと、兵庫県の日本画壇の発展に貢献した。さて、グルームが他界して1年ほど経ったある冬の日に、信じられないできごとが起こる。5人の見知らぬ男がグルーム宅を訪ねてきて、なんと、グルームが命を助けかわいがっていた野生のきつねの霊が、その1人に取り憑いているという。グルーム家の人たちはその霊を家に祀り、その後1933年に六甲山上に白鬚大明神として奉祀した*。これが現在の白鬚神社で、昨年道路整備に合わせて社殿を新しくしたが、その敷地には子どものいたずらで首が取れた地蔵像をグルームが修復・復元したグルーム地蔵も安置されている。また、末娘のりゅうと、その娘でグルームが亡くなって20日後に生まれた玲子は、六甲の開発に対する山の霊や池の霊の怒りを鎮めようと供養などを続けて、ようやく赦されたと、1963年頃に作家・陳舜臣氏に語っている。グルーム一家がこれほど信心深いのは、殺生はいけないと諭してグルームにハンティングをやめさせた直の影響かもしれない。一生和服と丸髷で過ごし、金銭的危機の際は先祖からの財産まで投げ打って尽くした糟糠の妻を、グルームが涅槃で迎えたのは大正の最後の年だった。いまは夫婦水入らず、六甲山の空の上でおだやかに過ごしていることだろう。 (了)白鬚神社 イラスト/米田 明夫*この逸話は絵本になっている(『グルームさんとしっぽの白いキツネ』 JDC出版)※本連載の制作にあたり多大なる協力を賜った「グルーム孫の会」各位、ならびに丸井商會代表取締役の丸井茂嗣様に心より御礼申し上げます。131

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