書をしたり…」高校まで奈良、大阪で暮らし、ふだんは関西弁だ。森見ファンの〝神戸っ子〟向けに、神戸の思い出を聞くと「学生時代、祖母のために家族で有馬温泉へ旅行に出掛けた楽しい思い出があります」と振り返った。関西で育った子どもなら一度は耳にしたあの懐かしい有馬温泉のテレビCMを口ずさみながら「この旅行以来、有馬温泉が好きになりました」と語る。有馬温泉ではないが、万城目学ら仲の良い作家4人で5月に上梓したアンソロジー「城崎にて 四篇」は豊岡市の城崎温泉を4人で訪れ、城崎をテーマに書かれた短編集だ。これまでは京都を舞台にした小説が多いが、「いつか神戸を舞台に書けたら…」とも。 数年前、語っていた印象的な言葉がある。「新作の執筆にとりかかるとき、完成した作品の着地点が大体、見えるものですが、その着地点ではつまらない。書いている途中、想像していた着地点を越えるときがある。その瞬間、この作品は世に出すべきだと思う」では、今はどう考えているのだろう。「今は、イメージした着地点どおりに書くことができる。でも実は、それこそが現在の悩みでもあるんです」この答えを聞きながら「それは作家として成熟した証では?」と問うと、「いえいえ、そんなふうには思っていません」と謙虚に否定された。その物憂げな表情は、小説に正解はない…とゴールのない到達点を目指し、突き進む求道者のように見えた。「新作に挑む際の不安は新人の頃と変わっていません。いや、今の不安はそれ以上かもしれません」それでもひたすら書き続ける。謙虚な姿勢は、不安と真正面から向き合い、未踏の着地点を目指す強い覚悟のようにも思えた。『恋文の技術 新版』869円(本体790円) ポプラ社25
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