KOBECCO(月刊神戸っ子)2025年2月号
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の能登鹿島駅近くに守田が通う水産研究所が建っている。「単行本のための取材でこの駅を訪れ、とても素敵だったから」と変更を決めたのだ。2011年刊行の文庫版は28刷を重ね、単行本から新版まで通算26万部を超えるロングセラーとなったのは、「納得いくまでとことん書き直す」この徹底して作品と向き合う作家としての真摯な姿勢の賜物だろう。文庫の新版は初の書籍化から15年を記念し、刊行された。新版では新たな章「我が文通修行時代の思い出 『ビッグな男になる方法』出版十五周年記念パーティ コヒブミー教授(アイダホ州立大学)のスピーチ」が収録されている。本編では登場しない米国人、コヒブミー教授の京都での留学時代の体験談のスピーチ全文を、「新版に合わせ、何か新しい物語を入れたかったから」と書き下ろした。京都には恋文道場があり、恋文を書くために日々道場生は厳しい修行に励んでいる…。コヒブミー教授の涙の恋文武者修行の体験談に読者は〝抱腹絶倒〟するに違いない。書簡体に挑んで15年。『恋文の技術』が確実に進歩していることを証明し〝森見ワールド〟へ読む者をぐいぐいと惹き込んでいく。謙虚さに秘めた覚悟この日の取材は、奈良公園の猿沢池に近い奈良市内で行われた。1979年、奈良県で生まれ、京都大学へ進学。在学中に作家デビューした。「今、奈良市内で暮らしています。毎日午前9~10時頃から原稿を書き始め、午後1~2時まで執筆。それから昼食をとった後、近くを散歩したり、好きな読と、部員たちが思ったことを何でも自由に書いていい『私用ノート』がありました。私が部員の話などを毎日、面白おかしく『私用ノート』に書いていると、部員たちが皆、とても喜んで読んでくれて。このノートが実は原点になっているんです」これこそが、守田が先輩の森見へ宛てた手紙に出てくる〝部室のノート〟ではないか…。2009年、『恋文の技術』は単行本として発刊された。驚くのは文芸誌での連載時には、守田の滞在先は能登ではなく広島だった。つまり単行本にする際、舞台を能登に書き直したのだ。大幅な加筆、修正が必要だったはずである。「連載が終わった後、能登半島を旅行したのですが、そのとき、この小説の舞台は能登の方がずっといいと思ったんです」単行本では「のと鉄道」24

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