純真に創作に向き合い続けてきたからに他ならない。物憂げに気弱な本音を明かす一方、自身が描く小説の作風同様に、「ベテラン臭漂わせ…」や「風格漂う大作家…」など絶妙に、冗談を交えながら飄ひょうひょう々と語る、その虚勢を張らない真摯な眼差しからは、作家生活20年で培った余裕も漂う。デビュー間もない頃、「まったく原稿が書けなくなるスランプがありました」。そう以前の取材で語っていたので、その後、順調に新作を繰り出す活躍ぶりを見ていて「無事に脱したのですね」と問うと、意外にも「いえ、実はまだスランプは続いています」と答えた。『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』、『有頂天家族』、『ペンギン・ハイウェイ』など手掛けた小説が相次いでテレビアニメや劇場版アニメとして映像化や舞台化されるなど、活字の世界を超えた〝メディアミックスのヒットメーカー〟と呼ばれる押しも押されぬ人気作家となったにもかかわらず…。取材中、そんな売れっ子作家の驕りは微塵も見せない。言動から謙虚さがこぼれ出る。「謙虚?いえいえ。本心です。いつも一作書き終えた後、次の作品は書けるのだろうかと不安でしょうがない。デビュー以来、ずっと、この思いは変わっていませんから」書簡体に込めた思い発刊されたばかりの文庫の新版『恋文の技術 新版』(ポプラ社)は、「これまで書いたことのない手法に挑んだ」という意欲作。全編、文通相手宛ての手紙で綴られていく書簡体小説の形態で書かれている。18世紀、仏など欧州で流行った小説の一つの形態だが、日本では太宰治の『パンドラの箱」や三島由紀夫の『三島由紀夫のレター教室』など少数発表されているだけで、近年、この手法に挑む日本人作家は珍しい。「夏目漱石の書簡集を読んだのですが、これが、とても面白くて…」この『漱石書簡集』(三好行雄編、岩波文庫)は、漱石が幼馴染の親友、正岡子規や妻、弟子などに宛てた手紙158通を集めたもの。「いつか、この形式で小説を書きたいと思っていたんです」と、初めて書簡体小説に挑んだ理由について教えてくれた。クラゲの研究のため京都の大学から能登の水産研究所へ学びに来た大学院生、守田一郎が主人公。親友や知人、妹、大学の先輩で作家、森見登美彦らに宛てた手紙で綴られる。地方での一人暮らしの寂しさから「文通武者修行」を始めた守田は、森見に「恋文の技術」を伝授してほしい、と手紙を書くが…。22
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