源平合戦の兵火で壊滅的な被害を受けた東大寺再興のため大勧進(総責任者)となった俊乗房重源上人は、拠点として7つの別所を造った。そのひとつ「播磨別所」に建久3年(1192)、「浄土寺」を創建、「浄土堂」は同8年に完成供養が行われた。宋に3回渡ったといわれる重源上人が手掛けた大陸由来の建築様式「大仏様」の建物で現存するのは東大寺南大門と浄土堂の2例のみ。昭和32年(1957)の解体修理まで約770年間、建立当時の姿で持ちこたえてきた。ご本尊の快慶作「阿弥陀如来及び両脇侍立像」とともに明治34年(1901)、国宝に指定されている。和様建築で多用された野屋根を採用せず、本瓦葺の屋根は化粧垂木勾配そのままに緩やかで、柱間約6メートルの低い建物だが一歩足を踏み入美しきかな ひょうごの文化財第二回 浄土寺浄土堂重源上人が遺した鎌倉建築の傑作1重源上人によって造られた「浄土堂」は現存する 「大仏様」建築の貴重な遺構2お堂の中央で人々を迎え入れる巨大な 「阿弥陀如来及び両脇侍立像」3大仏様の代表的な特徴「挿肘木」が 化粧天井裏まで届く円柱から何本も突き出している1214
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