す。たとえば太陽に磁石を置くと、それが地球に影響を及ぼすのは八分後なのです。ここまでが予備知識です。そしてようやくビッグバンの話をします。これまでも宇宙で起こる相転移についてお話ししてきましたが、磁場についてもこれが起こります。つまり、「磁石がスウィッチオンされて、磁場が発生する」という相転移が起きます。これは、第16回から第17回にかけてお話しした、「電弱力が分かれて電磁力が生まれる」ときに起きます。このとき、いたるところで磁場が発生して磁力線が延びていくのですが、同時に、ビッグバンによって宇宙自体が広がっていっています。ですから、磁力線の延びと宇宙の広がりとの「競争」になります。どちらも有限の速度だからです。しかも宇宙の広がりのほうは、物体の移動ではなく空間そのものの広がりですので、光の速度を超えても構わないのです。この不利な「競争」に負けると、磁力線はある範囲しか届かないことになってしまいます。磁場が届く範囲が限られるとどうなるか。その範囲の限界、「境界」のところで、磁力線が途切れてしまいます。この部分は、図の右側のように、「入口だけ」、つまり「S極だけ」のモノポールと、「出口だけ」、つまり「N極だけ」のモノポールが出現してしまいます。これはちょうど、氷などを急速に凍らせるとその結晶が限られた範囲で固まってしまって、つぎはぎだらけの欠陥のある氷になってしまうのに似ています。結晶をつくる速度(磁力線の速度)が凍る速度(宇宙の膨張速度)に負けてしまうのです。結晶の境界である「欠陥」のところがモノポールに相当します。空間の欠陥によってモノポールは生まれるのです!ではどれくらいの数(あるいは密度)のモノポールが生まれ、現在も存在しているのでしょうか。我々の近くにもモノポールは存在するのでしょうか。これはすでに計算されていて、単純なビッグバン理論から計算される「磁場の相転移の境界」の数、あるいはモノポールの数は、実はかなり多くて、我々の身の回りにも結構な数で存在していることになっています。ところがっ!これまでに、一度として、モノポールは発見されていないのです!(発見されたという誤報はあった)ビッグバン理論が正しいとすると多数発見されているはずのモノポールがまったく見つかっていない──これがビッグバン宇宙論の二つめの問題、「モノポール問題」です。次回は、三つめの問題についてお話ししましょう。PROFILE多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。80
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