「そうか、そんならそれでええ。伝記に載らなくても偉い人はいっぱいおる」「へえ、どんな人」「そうやな、ものつくりの職人の中におるな」そんな会話のあと、爺ちゃんは、「自慢をせず、動じず、人への親切を陰でする、善行を施しても人に言わない人が偉い」と教える。それから数日後のこと。牧人の学校でちょっとした事件が起こる。同級生の一人が公園で百円硬貨を拾って届けずにそのお金でタイ焼きを買ったことが問題になり、その子は批判される。その後、牧人は幼稚園の砂場でガラスの破片を見つけ、園児が怪我をしてはいけないと思いズボンのポケットに入れた。牧人は、《なんだか知らないが少しいい気分がした。それは今まで経験したことのない密かな喜びの様なものだった。「さあ」と声を出して、そこを立ち去ろうと振り向いた。》それを見ていた同級生の女の子がいて、牧人が拾ったお金をポケットに入れたと疑われる。しかし牧人はどんなに訊かれてもポケットの中のガラス片を強く握り締めて見せない。隙を見てその場を逃げ出し、屑篭に捨てる。教室で先生にも訊かれるが、「僕は拾っていません」と頑なだ。そしてついに握り締めていた掌を見せることになるが、掌は血だらけだった。お母さんにも知られてしまうが、牧人は、「お金は拾ってない」というだけで自分の部屋に閉じこもってしまい、「言うたらあかんねん。言うたら僕がだめになってしまうねん。言うたらあかん言うてしまったらあかんねん」繰り返し、そう呟いていた。そんな時、駐車場に一台の車が入って来て、けたたましいクラクションをふたつ鳴らした。牧人は、はっと顔を上げた。「爺ちゃんだ」そう言うと、階段を駆け下りていた。こんな話だが、これは児童文学といえるだろう。機会を見て孫に読ませてやろうと思う。(実寸タテ8㎝ × ヨコ18㎝)■今村欣史(いまむら・きんじ)一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。■六車明峰(むぐるま・めいほう)一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。115
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