今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯ 言うたらあかん「書斎・輪」には、いろんな人からさまざまな本が贈られてくる。なるべく早く読ませてもらって礼状を書くように努めている。贈った人は「どんな反応がくるかな?」と待ち遠しいものだろう。わたしだってそうだ。「あれ?あの人からまだ返事がないなあ」などと気になるものである。本を一冊出すということは大変なことなのだ。ただ、必要があって読むべき本が溜っている時には後回しになり焦ることもある。わたしが敬愛する詩人、杉山平一先生がお亡くなりになったあと、ご息女の木股初美さんが、詩誌『季』(杉山平一追悼号)に寄せられた文「父と暮らせば」にこんなことを書かれている。《父が亡くなってから急に本が来なくなってしまった。「何も来ないと寂しいものだよ」と言っていた父の言葉を思い出す。かつて破産宣告を受けた時、手紙や年賀状まですべてが止められて何も届かなかった正月の寂しさを、後年父は何度も語っていたのだった。》先生はお忙しいのに、いつも返事をくださった。本を贈って頂けるのはありがたいことなのだ。最近贈られた本に『丘野辺に孤影を曳く』(井口文彦著・スターダスト出版・1500円+税)という短編小説集がある。受け取った時、著者名を見てわたしは「初めての人だ」と思った。ところが開けてみると井口文彦さんは詩人の井口幻太郎さんと同一人物だった。幻太郎さんなら以前に詩集を贈ってくださったことがある。いい詩を書く人なのでこの小説集も楽しみに読ませてもらった。十三篇が収められている。中で「矢車草」という作品が好きだった。要約する。主人公の牧人は小学五年生。時々やってくる母方の爺ちゃんが好きだ。軍隊経験のある爺ちゃんだが、戦地には行っていないと聞き、「そしたら、人を殺さなかったね」と安心する。ある時、爺ちゃんが「どうして牧人は偉くなりたくないのか」と訊く。「豊臣秀吉や野口英世は性に合わない。あの人らは元気やし、偉すぎる。僕はあんな偉い人にはなれないし、そんな元気もない」爺ちゃんはこう言う。104114
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