KOBECCO(月刊神戸っ子)2024年12月号
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トホテルの裏庭には』(2016年)、老舗のワイナリーが舞台の『月のぶどう』(2017年)など、これまでも独特で個性的な職場をテーマに選び、そこで働く人々を取り上げ丹念に描いてきた。大阪弁のキャラクター『ほたるいし―』は、社長の市子の体調不良をにおわす描写から物語が始まる。《「これは、じきに社長交代かもしれへんね」「そんなん、勝手に言うたらあかん」》従業員の会話は軽快な大阪弁だ。「大阪の物語なので会話は大阪弁。だいぶ大阪弁にも慣れてきました」と寺地さんは少し照れくさそうに笑った。今から15年前、佐賀県唐津市から結婚を機に32歳で大阪へ引っ越してきた。会社勤めをしながら小説を書き始めたのはその約3年後。そして2014年、『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞。37歳で作家デビューを果たす。以来、順調に新刊を発表し、「次の作品で27冊目になります」と事も無げに語るが、デビュー以来、ハイペースで執筆してきた。しかも、子育てをしながら…。「目の前の作品を書き続けていたら10年が過ぎていたという感じ。忙しさ?とくに実感したことはないですが、先日、ゴミ捨て場でゴミ袋と間違えてカバンを放り投げたことがありましたね」と笑う。「午前9時から正午までが執筆時間です」と語り、午後からは大学の通信教育で心理学などを学ぶ現役の大学4回生でもある。作家の覚悟大阪で暮らし始めて約15年。今年の『大阪ほんま本大賞』の他、2020年には大阪ゆかりの文化芸術の功労者へ授与される大阪市主催の『咲くやこの花賞』を受賞している。11月刊行の新刊『雫』(NHK出版)は、大阪のジュエリー・リフォーム会社が舞台だ。「大阪にこんなジュエリー・リフォームの企業があるんですよ」と教えてくれた。40代の女性が主人公。章を追うごとに過去へと遡る。つまり物語が進行するなかで登場人物がどんどん若返っていく。過去に戻るにつれ登場人物の人間関係が明らかになる〝謎解き〟のような斬新な展開で読者を誘いざなっていく。「大阪弁にはだいぶ慣れてきましたが、まだ会話などで使い方を間違っていないか添削してもらっています。もっと勉強しないと」〝大阪の作家〟の覚悟が見えた。「笑って、泣いて、働いて、そうして今日も生きていく、わたしたちの物語です」これは、『ほたるいしマジカルランド』に込めた読者へのメッセージ。小説家、寺地はるなが、なぜ小説を書き続けるのか。その答えがここにある。(文=戸津井康之)28

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