を図かる診療法である。》この後、《実際問題として、これでは実効があるはずがないと思われるけれども、だからといって、これがまったく伝説であったと言い切れないのである。》とあり、関連する文献が多々示されている。そして、《諏訪湖の北西、岡谷市のあたりにこんな民話がのこっている。》と愉快な話が紹介されていた。《戦国時代末期から江戸時代にかけて、戦火を逃れて諸国を巡遊していたという医家の永田徳本は、将軍が大病にかかり、呼び出され診察を求められた。控えると、奥の間から絹糸が伸びてくる。糸脈だ。貴人の脈を直接みることはできない。糸の端をじっと握った徳本は「猫様の脈では…」と席を立つ。猫の足に糸を結んだ典医たちの意地悪を見破った名医である。》堅苦しいと思われがちな医書の中で、ここは笑えた。さて、本当に〈糸脈〉に実効はあったのだろうか。わたしは試してみたくなった。そこで、妻に、「うちに絹糸ある?」と尋ねた。「ある」と言う。じゃあ実験だ。妻に協力してもらった。妻の左腕の脈所に糸を結ぼうとするのだが、不器用なわたしは、細くて滑りやすい絹糸は上手く結べない。なので、妻にわたしの右腕に結んでもらった。今年六月に不整脈(心房細動)のアブレーション・カテーテル手術を受けたわたしを診察してもらったのだ。脈は順調に拍動しているだろうか?と。ところがまったく感じないという。そこで「紙コップはある?」と尋ねた。「ある」と言う。子どもの頃にやった糸電話を思い出し、これで試してみることにした。糸でつないだ紙コップを脈所に当てて糸電話遊びの要領で聞いてもらった。しかしやはり「聞こえない」と言う。残念ながら妻は名医ではなかった。そのあと、わたしたち老夫婦は、しばし糸電話で遊んだ。どんな話をしたのかは内緒だ。(実寸タテ8㎝ × ヨコ18.5㎝)■今村欣史(いまむら・きんじ)一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。■六車明峰(むぐるま・めいほう)一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。103
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