KOBECCO(月刊神戸っ子)2024年11月号
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今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から ◯  「対角線」四年前になる。コロナ禍中で「喫茶輪」を閉じたのは。しかし店の中にはテーブルも椅子も残してある。少し模様替えして書棚三本とプリンターを持ち込んだ。わたしの書斎にしたのだ。なので「喫茶・輪」は「書斎・輪」になった。店の奥に大きなテーブルがある。七、八人が一緒に食事出来る大きさだ。喫茶店の盛時には、ここに営業職のお客さんが集い、商談を闘わせていた。兵どもの夢の後なのである。そこでわたしは今、原稿を書いている。広いテーブルが書籍などの資料を広げるのに好都合だ。 入り口を入ってすぐのカウンター席は、わたしの応接室になる。訪ねて来て下さる人には、その場所がなぜか人気がある。きちっとした応接室よりもリラックスできるのだろう。そこでわたしは喫茶店のマスターに戻りコーヒーを点てておもてなしをする。客人はつい口が軽くなってしまうというわけだ。お帰りにコーヒー代を払おうとなさるが、これは頂くわけにはいかない。商業法違反になってしまう。お見送りは店、いや「書斎・輪」の表からするのだが、多くの客人は西へと帰って行かれる。そちらが最寄り駅方面なのだ。ここからの景色がわたしは好きである。五、六メートル幅の西行一方通行の平凡な道だが、真っすぐに伸びる道の両側はスッキリとしている。民家や商店など一軒もない。したがって人通りも少ない。北側に小学校の校舎、南には酒造会社の工場があるだけ。道は通学路になっていて、歩道を確保する白線が、これまた両側に真っ直ぐに引かれている。10292

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