KOBECCO(月刊神戸っ子)2024年10月号
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普遍の世界観1949年、「文学界」(12月号)で発表され、翌1950年に芥川賞を受賞する「闘牛」よりも先に「文学界」(10月号)で発表された「猟銃」も、井上靖が毎日新聞大阪本社学芸部の記者時代に執筆した短編小説だ。「闘牛」が西宮球場を舞台にしているように、「猟銃」も神戸市内や西宮市の夙川駅、芦屋市など当時、彼が暮らしていた地元周辺が舞台。戦後の〝阪神間モダニズム〟の世界観が作品の根底に流れている。これまで、「猟銃」は何度もテレビドラマ化や映画化、舞台化され、その度に話題を集めてきた。実は井上が初めて発表した小説がこの「猟銃」だった。物語は「私」が寄稿した一篇の詩から始まる。その詩には私が出会った見知らぬ一人の猟人のことを書いたのだが、「それはおそらく自分のことだ」と三杉穣介という人物から突然、手紙が私の元へ届く…。1961年、松竹で五所平之助監督により初めて映画化された。佐分利信が三杉役を、三杉の妻を岡田茉莉子、三杉の不倫相手を山本富士子という当時のスター俳優がキャスティングされ話題を呼んだ。1963年には後に国会議員となる元宝塚歌劇団の女優、扇千景と、銀幕のスター、佐田啓二が共演してテレビドラマ化された。佐田は中井貴一の父としても知られる。2003年には大竹しのぶ、松重豊共演で映画界の重鎮、行定勲監督が演出しドラマ化されるなど、井上の描く世界観は世代を超えて親しまれてきた。さらに、2011年には中谷美紀が一人三役に挑んだ舞台公演が日本、カナダで行われるなど〝阪神間モダニズム〟に込めた井上の世界観は国境も超え、人々を魅了してきた。実は、井上がノーベル文学賞の候補に幾度となくノミネートされていたことも、後に明らかになっている。才能が結集井上が毎日新聞大阪本社の編集局にいたころのこんな〝秘話〟を元毎日新聞記者が教えてくれたことがある。後に〝漫画の神様〟と呼ばれる手塚治虫は、現在の大阪大学に通う現役医学生としてプロの漫画家としてデビューした。そのデビュー作「マァチャンの神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~後編井上靖独自の文学概念、柔道哲学…時と国境を超えた世界観118

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