KOBECCO(月刊神戸っ子)2024年8月号
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のところに届くはずなのですから。逆に、その相転移以前の光は、「曇った宇宙」に阻まれて、見ることはできません。まさに、その相転移の瞬間だけが見られるのです。しかもこの相転移は宇宙のあらゆる場所で一斉に起こったと考えられるので、どの方向からも均一にその瞬間の光がやって来るはずです。これを「宇宙背景輻射」と言います。そしてその光は、前々回お話ししたドップラー効果によって波長が引き延ばされ(厳密には少し違いますが)、当時の温度(エネルギー)に相当する波長ではなく、もっともっと低い温度に相当する、長い波長となっているはずです。ガモフはそれを絶対温度五度(5K)相当の波長と見積もりました。ガモフがそれを提唱したのは一九四八年のことでしたが、当時はそれを測定できた人はいませんでした。その一六年後の一九六四年に、ベル電話研究所のアーノ=ペンジアスとロバート=ウッドロウ=ウィルソンが、同研究所の電波アンテナを使って、まったく偶然に、それを捕らえることに成功しました。僕はその論文を読んだことがありますが、たった二頁の論文でした。しかし、その発見の重大さから、二人はその二頁の論文でノーベル物理学賞を受賞しました。時代は下がって一九八九年、この宇宙背景輻射を大気圏外で測定するための人工衛星が打ち上げられました。名前は、「COsmic Background Explorer(宇宙背景輻射探査機)」の略で、「COBE」。本誌としては「こうべ」と読みたいところですが、英語の発音は「こうびー」です。この人工衛星による測定によって、ガモフの言う通りに、宇宙のすべての方角から、均一に、「晴れ上がり」の瞬間に放たれた光が観測されました。その波長のエネルギーを温度換算すると絶対温度二・七度(2.7K)。よく「宇宙の温度は三度」と言われるのは、空間の温度がそうなのではなく、この背景輻射の換算温度のことです。ガモフの計算とは少し違いますが、本質はそこではありません。ガモフの「火の玉宇宙」は、そしてビッグバンは、本当にあったのです。PROFILE多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。COBEによる宇宙背景輻射の全天測定結果を画像化したもの。温度の違い(ごくわずかなもの)を色の違いで表わしているCourtesy NASA/JPL-Caltech64

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