KOBECCO(月刊神戸っ子)2024年5月号
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を考え出したアルベルト=アインシュタインはここに「宇宙項」なるものを強引に入れました。この宇宙項と重力がつりあって宇宙は安定となる、というわけです。しかし、式の上でつけ加えるのは簡単ですが、ではこれが実際の宇宙で何を意味するのかというとまったく不明で、アインシュタイン自身ものちにこれを入れたことは大失敗であったと認めています。ところが、この宇宙項が、現代になってとても重要な要素であることが判明します。それについてはこの一連の「ビッグバン」シリーズのあとのほうでお話しします。「空はなぜ落ちてこないのか」というのは、わりと昔から問われてきたことでした。重力は引き合う力なので、ずっと宙に浮いているほうが不自然なのです。よく言われる俗説に、「ニュートンはリンゴが落ちるのを見て重力を発見した」というのがありますが、これは間違いです。そんなことで重力を発見できるなら、青森のリンゴ農家の方々はもっとすごい発見をしているはずです。サー=アイザック=ニュートンは、普通ならリンゴと同様に落下するはずの天体が、なぜ宙に留まっているのか、を考え、そこから運動の法則を導き出したのです。ニュートンの慧眼は、地上のリンゴと、宇宙の天体とが、同じ物理法則に従うことに気づいたところです。では、なぜ空は落ちてこないのか。理由はかんたんです。落ちないように必死で運動しているからです。たとえば静止衛星なども、たんに地上のある点から見て同じ相対位置にあるだけで、「静止」などはしておらず、地球の自転と同じ回転速度で動いているのです。その運動のおかげで、落下せずに高度を維持できているだけです。さきほどのボールの落下の話だと、上に向かって投げ上げたボールは、上向きの速度が零になるまでは、重力が下向きにかかっているにもかかわらず、空中に留まっています。我々は百億年以上にわたって、その状態を見ているだけ、と考えれば、別に大きな矛盾は生じないのです。そして、そのためには、宇宙の最初に相当な速度でボールを投げ上げる必要があり、この投げ上げる瞬間、あるいは投げ上げる行為が「ビッグバン」に相当するのです。では、次に考えることは、果たして実際の宇宙では、天体は本当に「落ちないように必死で運動して」いるのか、ということです。次回はそれについてお話ししましょう。PROFILE多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。68

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