るという話を聞いたことがあります。その意味は、修行の結果、寺男のような相になることが、修行僧の目標であるというのです。本当に人間が悟ると、アホ面になるというのです。黒住宗忠さんのアホになる修行は、つまり悟りの結果なのです。現代人は、カシコクなることばかりに励んでいます。またカシコイ人は世間での評価が高いですよね。つい数日前にこんな記事を見ました。ある音楽学者が、小澤征爾さんと大江健三郎さんの対談を読んだ。その対談で小澤さんが、大江さんの難解な言葉に対して、「なるほどねぇ」とか「ハハハ」とか「ああ」というような言葉しか発しなかった。そんな小澤さんに対してこの学者は、小澤さんを「愚かにさえ神戸で始まって 神戸で終る ㊼アホになる占い師を訪ねてみようと思われた。宗忠さんを前にした人相見はハタと言葉につまってしまったのです。というのは、宗忠さんの相は、人相学では「アホの相」だからです。まともに「あなたの相はアホの相です」と言えなくなってしまった人相見は、モゾモゾするしかなかったのです。「何を言われても気にしない。どうぞ言ってください」と宗忠さん。「実はあなたの相はアホの相です」。それを聞いた宗忠さんは、「実は私は長年、アホになる修行をして参りました。そのことが相に表れているとは、これほど嬉しいことはありません」と、大いに喜ばれたというのです。チベットのラマ教のお寺には、アホ面の寺男が住まわされてい今回、与えられたテーマは『アホになる』である。以前、『アホになる修行』という本を書いたことがあります。アホになるための修行などしなくても、昔から自分はアホであるという人もいるかも知れませんが、このアホになるということは実に大変で、そう誰もが簡単にアホになれるわけではないのです。僕の母親の家宗が神道の黒住教で、この神道の教祖は黒住宗忠という。江戸時代に生きた宗忠さんは、中里介山の小説『大菩薩峠』に出てくる仙人のモデルでもありました。まぁ、このことは別にして、黒住さんの次のようなエピソードについて話そうと思います。ある時、京都に有名な人相見がいて、黒住さんは早速、このTadanori Yokoo美術家横尾 忠則撮影:山田 ミユキ1616
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