べるのは、九九・九九九九パーセントの確率で正しいと言えたときです。そのためには、これまでに貯めたデータより、あと一桁多いデータが必要です。このままの状態で続けていると、これまでの十倍の時間がかかってしまいます。そこで我々は、J-PARC側で加速器とニュートリノビームラインの両方を改造して強化し、従来よりはるかに大強度のビームで運転し一層大量のニュートリノを生成するとともに、神岡側でも一桁大きな新型検出器ハイパーカミオカンデを建設することで、短期間でこの目標に到達することを目指しています。両者が完成し実運転が開始されるのは二〇二七年で、そこから数年のうちにニュートリノにおけるCP対称性の破れを「発見」できると考えています。これが達成できれば、「我々はなぜ存在しているのか」という人類最大の謎に対して、クォークでもレプトンでも、理論でも実験でも、日本人と日本の実験施設が解き明かしたことになるのです。どうですか、胸が熱くなってくるでしょう!しかし!この実験にもライヴァルがいるのです。アメリカ合衆国イリノイ州に、東西・南北ともに四マイルにも及ぶ巨大な研究所があります。敷地内ではバッファローも飼っています。それは、フェルミ国立加速器研究所(フェルミ・ラボ)という、第4回でご紹介したニュートリノの名づけ親であるエンリコ=フェルミの名を冠した、世界で二番目に巨大な加速器を持つ研究所です。そのフェルミ・ラボが、日本からニュートリノ研究のトップランナーの座を奪うべく、同じ長基線ニュートリノ振動実験を行って猛追しているのです。我々のほうが先に実験を開始したので今のところはリードしていますが、米国では加速器の研究所の予算はエネルギー省(核兵器や原子炉を管轄する省)から出ており、文部科学省からの乏しい予算で運営している我々とは規模が違います。このままではいずれ追い越されてしまうでしょう。ですから我々は、前述の大改造に加え、充分な運転時間を確保するための予算獲得に必死なのです。なんとしても先にCP対称性の破れを「発見」する必要があります。最先端科学においては、最初に発見した者は神のように崇められますが、二番目以降には何の価値もなく、忘れ去られ、やがて実験をやめてしまうのです。この「人類最大の謎」に挑む、絶対に負けられない闘いの真っ只中に、我々はいるのです。PROFILE多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。72
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