なぜか誰もこの奇妙な場所を絵のモチーフにしていないのです。例えばフランスの画家ユトリロは、随分沢山のパリの風景を描いています。パリは凱旋門を中心に道路が放射線状に分かれていますから、至る所にY字路が出来ますが、誰ひとりとしてこのY字路に気づかないのか、それとも絵にならない場所として初めから誰も相手にしなかったのか、こんなに面白い場所なのに誰も絵にしない。ということは、もしかしたら、あまりにも当たり前すぎて、逆にモチーフにしなかったのかもしれません。誰かがこのY字路を発見してモチーフにしていたら、多分僕は描かなかったと思います。誰も描いていないので僕はこのY字路を僕のモチーフ神戸で始まって 神戸で終る ㊺『横尾忠則 ワーイ!★Y字路』展したが、左の道は車道にもなっていて広い通りですが、僕はその日の気分で左右の道を選んでいました。ある日、といっても郷里の西脇を去って何十年も経った頃、あの懐かしい模型屋さんを訪ねてみようと思って、夜のホテルを抜け出して、その場所を訪ねてみることにしました。ところが、かつての模型屋はすでに解体されてなくなっていました。そこで、せめて写真でもと思って撮った写真が、僕にとっては不思議な光景に映ったのです。そこで、この場所を風景画として描いてみたくなったのです。それがY字路を描く切っ掛けになって、それ以来、随分沢山のY字路を描いてきました。西洋の数ある風景画の中に、『Y字路』とは、1本の道がY字型に左右に分かれる場所、つまり三差路、岐路のことです。昔は追分けと呼ばれていて、時代劇などによく描かれた場所です。右に行くか左に行くか、運命の分かれ目として、象徴的なポイントになっていました。ギリシャ神話では、このY字路にヘカテという女神がいて、この場所を守護していたらしいのです。そんな場所を僕は絵の主題として長年描いてきました。僕がY字路に出合って、この三差路を絵のモチーフにしたのは、全く偶然です。小学校時代、学校に行く途中に模型屋がありましたが、この店が丁度三差路のど真ん中にあって、右の道は少し山に面していまTadanori Yokoo美術家横尾 忠則撮影:山田 ミユキ1616
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