KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2024年2月号
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一さんが、アカデミックに美術を学んだというより自分でも作品をつくっていて、どちらかというと作家目線、コレクター目線だったんです。そんな人に最初に拾われたのはとても良かったと思います。その当時きれいだと思った作品は今から思えば不正解なことが多い。表面的なきれいさに騙されないというのは、自分の一つの体験として言えます。また、芦屋でお世話になった具体美術協会の人たちにも学びました。まだ嶋本昭三さんもご健在で。絵の具を詰めた瓶をぶつけて絵を描く、だからすごいスピードでどんどん絵が描ける。ただ問題はそれを選ぶときですよ。パッと見ていいなと思ったものは捨て、どう見ても失敗だったものも捨てる。ようわからん、というものを残してずっと見ているんですね。今の自分の価値観で良し悪しが判断できるのは対象外。よくわからないものの中から新しいものが出てくる。そのことを何となく頭の片隅に置いて仕事をしています。耳美 「ちょっとわからないんです」という総務課の人にはどういう風に教えるのですか。山本 教えない、「そうですか」って(笑)。教えられるようなものではなくて、でもやっぱりアートは面白いので、自然に興味を持つ人が多いです。武澤 高校生の時にはじめて現代美術をまとめた展覧会を見たとき、何だか胸がすく感じがしました。「こういう世界があるのか!」みたいな感じで。すごく閉じこもっていたのが、さわやかな気持ちになって、そこから現代美術って面白いかなとなって今に至ります。また、学生の時に展覧会の監視アルバイトをしたのですが、ギャラリーの中で5時間同じ作品を見続けると、本当に見方が変わってきて、自分の中でどんどん具体的になっていき、最終的には「監視面白かった!」ってすごく満足して、そういう楽しみ方もあるのだなと思いました。田岡 作品を長く見るというのは本当に大切なことですね。アートがわからないと蓋をしてしまうのは結構勿体なくて、見方としては自分で見るので別にどういう見方でもいいのかなと思います。さっきの話ですが、「美かえる」が美しい声のカジカガエルのことかとか勘違いかもしれませんけれど、自分なりの解釈でいいと思っているんですね。何かそういう形で作品を眺めていくと気負わないし「何だろう?」という気持ちで作品と対峙するのが大事かなと。耳美 ありがとうございました。ミュージアムロードについていろいろなお話を聞いてこの地域の魅力を改めて確認したり、ベンチがあったらいいなとか課題も見えてきたのではないかと思います。また関係者の皆様でも認識を共有いただき、この地域をアートのある街として、さらに盛り上げていってほしいと思います。アーティスト田岡 和也96

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