バランスの問題も、これで解決するのではないでしょうか。つまり、「粒子と反粒子は同じ数だけ生まれるが、反粒子のほうが寿命が短いので、反粒子のほうが粒子よりも少なくなった」というわけです。粒子(物質)が生まれるには対生成しかありませんが、消える場合には、第5回と第6回でお話ししたように、自然に崩壊して、別の粒子に変わる場合もあります。この考えは魅力的で、ほんの少しでも寿命が違えば、一〇億分の一のアンバランスなど容易につくれそうな気がします。ところが事はそうかんたんではありません。それは、前回、第7回でお話ししたように、粒子と反粒子は、「同じものを逆の立場で見ているに過ぎないので、ちょうど正反対になっている」からです。「BさんがAさんに貸したおPROFILE多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。金」と、「AさんがBさんから借りたお金」が違っていたら、それは揉め事になりますよ。ですから、ごくわずかな寿命の違いであっても、そこには、それを説明する、なんらかの仕組みが必要となってくるのです。でもこの問題は必ず解決しなければなりません。物質と反物質が全く同じ数のままだったら、すべてのペアが対消滅してしまって、我々はじめ宇宙に物質は何も残らなくなってしまうからです。この問題は、宇宙が物質だけなのはなぜか、言い換えれば、「我々はなぜ存在しているのか」に関わる問題ですので、物理学最大の謎とされています。次回は、その謎についてもう少し深く考えてみましょう。70
元のページ ../index.html#70